マクロの眼

プロジェクトエンジニアを僭称(?)中

「笠間Facebook記事転載のナゾ」カテゴリのアーカイブ

河原町のマンション「王の丘」に住むカサマ。舟丁にある老舗駄菓子屋「石橋屋」さんは、普段はそれほど人がいるわけではありませんが、桜の季節だけまるで京都の観光地のように半径数十mの範囲だけ大いに賑わいます。しかしその景色も近々大いに変わるかもしれません。

4月8日 仙台

【石橋屋】
日曜出勤前に、自宅近くの石橋屋に寄るなど。

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仙台は桜のスポットが少ないせいか、狭い路地に多くの人が。
中で駄菓子を昼食(!)として買ったら、おまけが。

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写真だけ見ると島根の津和野や京都の西陣あたりに見えなくもないですが、まるで映画のセットのごとく、まさにこの一角だけという。

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将来的にはこの目の前を宮沢根白石線という都市計画道路が建設中で、南鍛冶町工区は平成32年に完成予定。

こののどかな風景も、間も無く見られなくなりますね。

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ちなみに宮沢根白石線は、286号線の宮沢橋交差点から河原町、荒町跨線橋(建設中)を経て南光台、バイパス、さらには運転免許センターまで仙台の南北を貫く大幹線の計画。

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私が生きているうちに、果たして完成するのやら・・・。

(補足)

根白石を通らない宮沢根白石線。

本文にも書いたとおり、東二番町通り(旧4号線)などに匹敵する、仙台の南北を貫く大幹線になる予定です。

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本文中では「南鍛冶町工区」とお伝えしていましたが、実際には石橋屋の目の前は「舟丁工区」と言われており、完成年度は予告されておりませんでした。ただ、すでに周辺では回覧板等での周知も図られ、市のホームページでは「宮沢根白石線(舟丁工区)七郷堀函渠築造工事」の制限付き一般競争入札の予告も今年度(2018年4月)出ておりますので、そう遠くない時期に着工になるかもしれません。

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それはともかく、カサマはかつて中山に住んでいた際、北環状線(八乙女折立線)がまだ現在の中ジャス(イオン中山店)までしか開通していない盲腸線だった時代、全く車が通っておらず除雪もされていなかったため、北環状線でソリ遊びやスキー遊びをしたことがあります。その後、折立まで開通したり、西道路がトンネル一本の対面通行だったものがもう一つトンネルが開通して完成4車線になったりと、都市計画道路が急速に整備された80年代の、街が道路によって激変する様子をよく覚えています。

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ところが90年代になると、バブル崩壊のあおりや人口増加予想との齟齬により、ほとんど新しい大きな道路の開通がなくなり、20年間ぐらい仙台の景色が変わらない状況が続きました。(資料は「仙台市橋梁長寿命化修繕計画 (平成29 年度~平成33 年度)」より)

おそらく、今の20代30代の人たち(1980年代以降生まれ)は、仙台の街の様子は変化が乏しい、ずっと同じ景色の街だと認識しているかもしれません。

そんな中、震災の年である平成23年1月に「都市計画道路網の見直しによる『新たな幹線道路網』 及び今後の都市計画の変更手続きについて」により、かなり選択と集中を行う方針に戦略転換。その結果、地下鉄東西線の建設連動する形で、街を激変するような重要幹線の着工と完成が猛烈な勢いで進捗。自分が生きている間には完成せず、幻の路線になるかと思われた大幹線の建造が2010年代になって急速に進むことになりました。夢想だと思ってた宮沢根白石線すら、完成が見えてきた。

そこでふと思ったのは、経済が減退し、すでに街の人口配置が確定してしまっている現在ではなく、20年ぐらい前にこの「選択と集中」をやっていたら、という疑問。

というか、20年遅すぎた?

結局、20年という1世代以上にわたる「総花的政策の反省」の期間が、果たして「石橋をたたいて渡る」という街作りに必要な慎重な精神だったと、未来のセンダイジンたちに評価されるのか?あるいは他都市の未達となった戦災復興計画のように「ご先祖様・諸先輩方がしくじった」と評価されるのか?

なるほど、歴史に裁かれるというのはこういうことかと、過去のこの国の国力絶頂期おもいでぽろぽろと、老舗の駄菓子屋の美しい風景の前で建造が進む巨大道路の未来を夢想しつつ、目の前の桜を愛でながら嘆息するのでした。

このカサマ、仙南地域の桜のインバウンド観光のコーディネーターをやっている都合、マーケティング観点から他地域のいわゆる「さくら祭り」の競合調査必要性を感じたですよ。よって、完全プライベートで北関東の桜を見に行ったのでした。

あくまで完全プライベートだよ?

2018年4月1日

【桜祭りの観光地化-関東花見考-】
熊谷桜堤にて。

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もうこの麗しき地球人たちの情景を見るにつけ、この星の平和は定着し、「ワレワレ」(誰?)の努力は報われたのだ、などと一人感動して胸を熱くする、ある日のカサマなのだった。

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それはともかく、今回の権現堂堤桜祭り、熊谷桜堤、赤城南面千本桜と、北関東で代表的な「桜祭り」を回ったわけですが、それぞれ特徴が出ていました。
それは、いわば「観光地化度」とも言うべき、各祭りのポジションなんですね。

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関東の桜祭りは、相対的に観光地化されていない。権現堂堤ですら。
むしろ東北の桜祭りより、「素朴」とすら感じてしまった。

東北の桜祭りが、夏の東北四大祭りのごとく、かなり壮大に用意され、様々なお土産や案内ツールが整備されている。
ところが、今日行ったところは案内ツールは最小限(権現堂堤ですら、弘前や花見山、一目千本桜の数分の1)で、驚いたのは熊谷桜堤に至って全くパンフレットのようなものも存在せず、そもそも駅の観光案内所が土日に閉まっているという。

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なるほど、確かに観光的に写真を撮りまくる層がいる一方、地元民と思しき大勢の人々がビニールシート広げてバーベキューとかしている。

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位置づけとしては、仙台で言うところの西公園の花見みたいなもので、地元民が楽しむためのコンテンツとしてのポジション。
そりゃあ、観光パンフがあるわけない。おそらく、SNS時代に入って、「地元の祭り」が急速にその風光明媚さが全国に知られるようになった、と推測。

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関東の桜祭りは、実は主眼が「桜の下で自分たちが宴を楽しむ」ことであり、観光イベントではないのだ。
この辺り、東北で言うところの「芋煮会」にポジションは近いのかもしれない。

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今後実地調査で西日本や北陸の桜祭りも見る必要がありそうですが、「対関東」という意味では、一目千本桜や弘前、花見山、高田城などの東北の異様に壮大で観光コンテンツ化が図られている桜「祭り」は、差別性という意味で十分な競争性があるなと感じた次第。

何でもかんでも「伊達な」と付けたがるセンダイジン。

もちろんカサマも清く正しいセンダイジンなので、カーシェアにも伊達って付けるですよ。

2018年1月4日

icscaでカーシェア行くスカ】

案外知られていませんが、タイムズカーシェアはicscaと連携できるんですね。
開錠キーになるだけでなく、地下鉄乗った直後に利用すると15分206円分が割引に。

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ところで、この「レール&カーシェア」の割引サービスはなかなか未来を感じさせますが、なんと新井駅の周辺カーシェアしか使えない。

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今回のように河原町駅のカーシェアを使っても対象にならない。
特に南北線沿線にはシェアカーが多数あるのに。何故こんな中途半端な、と思いましたが、多分予算が東西線活性化の一環だからかなぁ、と邪推した次第。

仙台地下鉄はパーク&ライドやキス&ライド駐輪場完備、そしてカーシェアとの連携など、わりと先進的な取り組みが多いのですが、この件は少々残念。。。

捕捉>

センダイジンに珍しく、車を所持していないカサマ。仙台最狂のワーキングプアを僭称するカサマは、車など買う余地などはありません。

以前、一回りほど上の世代に真顔で「車ぐらい持っていないと、オトナとは言えない。カーシェアとか貧乏くさくないか?」ということを哀れみを込められて言われ、車よりも先に船舶免許を取得したカサマはそういった価値観が本気でなく面食らったことがありますが、クルマにそれほど興味も無く、どうせGT-R以外は軽自動車もクラウンも同じだとジェレミー・チャールズ・ロバート・クラークソンがトップギアで教えてくれたし。

だいたい、300km程度だったら自転車でも行けるし。

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仙台から牛久大仏を見にチャリンコで357km走ったときの様子(2017年5月)

それはさておき、仙台で急速に広まったカーシェア。

東京のように鉄軌道が発達し、駐車場の問題を含め道路が飽和しているた大都会ではレンタカーの代わりに週末ぐらいしか使い道がなく、逆にクルマが足代わりの都市郊外や郡部では移動手段として日常的に使うのは現実的ではなく。どうも札仙広福のような人口100万人から200万人ぐらいの都市規模の街で、特に威力を発揮するように思えます。

カーシェア.jpgシェアステーションだらけの仙台。

事実、カサマのオフィスのすぐ隣のタームズパーキングには6台のシェアリングカーがあって、まるで社用車のように活用しています。半径200m以内に30台ほどのシェアリングカーがあるにも関わらず、仙台都心でのカーシェアのビジネス用途の需要は高いらしく、当日ではほぼ日中予約は不可能。日中の稼働率を考えると、カーシェアの成否はビジネス利用にありそうです。もっとも最近では中心部マンションにもタイムズシェアカーが置かれ、マンション住民のシェアリングの機能も有しているようですが。

そういえば仙台の誇る自転車のシェアシステム、DATE BIKEもicsca連携が可能。

ある意味で仙台は、その中途半端な大きさ故に世界的に進行する「シェアリング・エコノミー」実験都市・最先端都市になれるポテンシャルがあり。電気自動車や自動運転などの技術革新は大変素晴らしいですが、むしろそうした工学的なイノベーションよりも、自動車が基本的に共有物になるビジネスモデルのイノベーションの方が行き着く先にありそうな予感があります。

将来、自動車の所有の方が例外になった世界で、仙台は何かの足跡を残せるだろうか?それは、案外青葉山の帝国大学の研究とかより、icscaを軸にしたシェアリングエコノミーのエコシステム構築の方が、壮大な社会実験として足跡を残せそうだ、その構想力が市民に求めれているんだ、などと不肖カサマは法定速度時速50kmで八木山の坂を自転車で下りつつ、思考するであります。

地下鉄東西線に久々に乗って、なにげに車内液晶情報板を見たら、不思議な表記を発見したですよ。

2018年1月31日

【れんぼう

仙台地下鉄東西線にて、「連坊」の読み方が「Rembo」、すなわち「れむばう」であることを知るなど。

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こりゃ、慶長遣欧使節団の支倉常長がスペイン側の資料で「Fasikura」となっていることから、17世紀の日本(というか奥州)人の発音に摩擦音があって「はひふへほ」は「fafifufefo(ファフィフフェフォ)」と発音されていたという言語学的仮説が提唱されていたのを思い出したぜ。。。

いや、どういう経緯でこの欧米表記になったのか。
いっそのこと、ヘボン式を完全に廃して「LEMBO」とかにすると、人の名前っぽくなってナイス

<補足>

連坊駅と言えば、副駅名が「仙台一高前」という名前の通り赤猿どもを収監していることで知られる魔界へのゲートですが、全く交通局め、わざわざこんな場所にシャレオツな表記をしやがってと、はなはだ善良なる一市民としては納得がいかないところ。さては交通局もエテ公(一高)に汚染されたか・・・と絶望になったですよ。

ところがある日、あるプロジェクトがらみでTripAdvisorで「ラーメンハウスれんぼー」を調べた(旨い)ところ、そもそも住所表記が「2-2-11 Rembo Wakabayashi-Ku, Sendai, Miyagi Prefecture」になっているではないか。

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な、なに・・・?駅名が「Rembo」になっているのは交通局の仕業ではなく、むしろ逆で、そもそもこの「連坊」の元々正しい英文住所表記は「Rembo」であって、それが駅名に採用されただけ・・・だと・・・?これは一体?

ここからは全くの推理になってしまうのですが、仮にそもそも連坊の表記が「Rembo」で、我々が知っているヘボン式ローマ字に則っていないとなると、この「Rembo」の表記はヘボン式が生まれる前から存在したもの・・・・?

ここはファーイーストリサーチ社「特命リサーチ200X」プロジェクト出身者として、謎を解かねばならぬ。

ローマ字の歴史を紐解くと、以下の可能性が微レ存

仮説1「戦後復活した国鉄の鉄道掲示規定の表記ルール(通称「駅名標ヘボン式」)に交通局が則った。

よく知られているとおり、新橋駅の英語駅名標が「Shimbashi」になっているように、「撥ねる音「ん」は「b」「m」「p」の前は「m」、その他は「n」(Wikipediaより)になっていて、駅名はそれに則った。しかしそれだと、元々2016年まで駅がなかった連坊地区の住所が「Rembo」であることの説明が付きません

となると、もともとここには駅があった

仮説2「現在の連坊地区には、大昔に駅があったため、その名残で戦前から英文表記がRemboになっていた」

よく知られているとおり、終戦前までこの地区には東北本線の駅がありました。戦前の鉄道省の駅名標が、いわゆる「駅名標ヘボン式」で制定されていたのは、1916年の鉄道掲示例規の広報から1938年の鉄道省通達まで。しかし、この期間に存在した駅は「連坊駅」ではなくて「三百人町駅」。連坊方面に引き込み線が引かれていたという話も聞いたことがありません。市電などが走っていた記録もない。

となると、このRembo表記は明治から戦前にかけての「訓令式ローマ字」や1885年の田中館愛橘式の「日本式ローマ字」ですらないかもしれない。そうなると、まさか・・・

仮説3「戦国時代のイエズス会式(ポルトガル式)ローマ字、あるいは江戸時代の和蘭式ローマ字により命名」

仙台開府が1601年で、現在の連坊界隈が寛永年間(1624~1645年)に町割りされたことを考えると、江戸時代式のような気もしますが、元和9年(1624年)にイエズス会宣教師の殉教が仙台藩広瀬川沿いで合ったことを考えると、ポルトガル式が使われてもおかしくないような気もします。

しかし、江戸時代にラテン語表記で「連坊」の住所を記録する必要や機会があるだろうか?となると、まさか・・・

仮説4「敗戦後の進駐軍が、発音そのまま『Rembo』と表記し、それがいつの間にか定着した」

一気に300年以上時代が登ってきましたが、占領期には今の榴岡公園が「キャンプ・ファウラー」として米軍が駐屯していたことはよく知られております。当然、この地域の詳細な英語表記地図が作られた可能性があり、当時「駅名標ヘボン式」に慣れ親しんだ日本人が連坊を「Rembo」と表記した(当時は時間や表記方法など、とにかく「国鉄」が日本人の行動・文化規範の軸となっていた)か、或いは進駐軍が発音そのまま「Rembo」としたか?

ナゾは深まるばかりですが、何となく、戦前の国鉄の影響説を取りたいところ。

なぜならカサマが国鉄が好きだから。

こうしてちょっとした歴史考察と思考実験の後、勝手にナゾを解いたことにして筆を置く、ある日のカサマのでした。

毎年恒例の西日本への視察旅行。今年は久々の四国上陸へ。その驚くべき景色と仕組みについて、Facebookにて報告しているのでした。

場所: 東祖谷
10月21日

【中山間地限界集落の闘い-その1-】
最近、「限界集落の古民家インバウンド観光」で話題の徳島県祖谷(いや)渓落合集落を訪れるなど。
ご案内いただきました、三好市観光課の中西様、ありがとうございます!

このカサマ、日本全国様々なところを廻りましたが、まさに「息を呑む」風景に出会ったのは、本当に久しぶり。

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「日本のマチュピチュ」と例えられますが、アレックス・カー氏は中国三峡の山水画の世界を探した末に、ここにたどり着いたとか。
15年ほど前、三峡ダムが完成前に行きましたが、その両岸の高低差がダム貯水前で約250m。
この落合集落は、最高地の住居と下層の集落のその標高差、実に300m
単純な沢と山頂の標高差は400mを超えます。

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今や中国三峡は、三峡ダムの完成により水位が100m以上上がっており、当時の風景は見られません。しかし、その往時の迫力を超える場所が、まさか日本にあるとは。。。
ネットなどで得られる写真では、この迫力は全く伝わっておらぬ。
マチュピチュや三峡というより、建物が急斜面にへばりついている様子は、むしろアニメ「天空の城ラピュタ」に出てきた鉱山の街「スラッグ渓谷」にイメージは近い。
どおりて日本の秘境の限界集落に外国人観光客が訪れるわけだ。。。

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「限界集落の古民家インバウンド観光」は、こうした世界クラスの風景資源があるからこその部分も大きい。
しかし一方で、東北の多くの「村残し」ミッションに非常に参考になる知見もまた、得られました。
それは「その2」で続きを。

(補足)

結局「その2」は下書き原稿を作ったもののFacebookに載せるタイミングを逸してしまったのですが、今回はその書きかけを多様手を入れて転載。


【中山間地限界集落の闘い-その2-】
「限界集落の古民家インバウンド観光」であるとこらの徳島県祖谷(いや)の落合集落。
いくつか参考になった知見を。

(1)圧倒的な風景資源
「その1」で述べた通り。四国にこのような圧倒的な迫力の風景があるとは。写真や映像ではなかなか伝わらない、巨大なものに素直に感じ入る人間の本能に訴えるというか。宮城でいうなら、蔵王のお釜というか。前提として他の地域に比して差別性のある資源があるのは強い。

なお、近年では地域住民や自治体担当者のモチベーションが上がり、屋根の色などの統一や、ガイドレールの塗装など、風景をさらに磨いて、地域の価値を上げる努力が継続中とのこと。

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(2)最初から外国人目線
外は往時の雰囲気を「適切に演出して再現(再生ではない)」し、中は清潔で便利な現代技術の積極導入、という方針があったそうで、アレックス・カー氏の「演出」は徹底しております。ようは、外国人が思い描く「想像上の美しい日本」の具現化。20年以上前に、大きな道路を通す構想が持ち上がった際、「ウチの前は絶対通すな」と行政に伝えていたらしい。

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往々にして、日本人が思い描く「日本的なもの」と、外国人が期待する「日本的なもの」にはズレがあるもの。特にインバウンド観光の現場では、結構「日本的なものの押しつけ」もよく見るので、一種の顧客指向の演出は意外に希少だったりするのでした。

(3)古民家無償貸与のスキーム

古民家は住民から市に「無償貸与」されたもののよう。代わりに、年10日間の使用権を住民が持つそうです(お盆、正月等)。
市として(祖谷として)空き家となった家の中でも「残すべき」ものを選別し、リノベを通して地域の価値が上がる。元住人・親族等は、無人となった空き家を持ち出しなしてリノベされ、素晴らしい建物に生まれ変わって維持され、資産価値が上がる
放っておけば消滅する限界集落だからできるスキーム。

(4)「手のかからない」方法の追求
全部で8棟の古民家は、個別に管理人がいるわけではなく、電気的な鍵を持たされて自分で向かって、鍵を開けて入ります。

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食事の提供はなく、自分たちで食料を持って行く必要があります。そのかわりキッチンはHIクッキングヒーターが導入された、最新鋭のもの。

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「元々人がいない」という環境を逆手に、今後の旅行・宿泊業の「省力化」の潮流を、ある意味で最初から極限まで追求していることに・・・。

(5)組織開発
NPO法人ちいおりトラストと株式会社ちいおりアライアンスの2つの組織体を駆使。
これもまた、放っておくと消滅する限界集落だからできる手法。

すでに消滅が確定的な、「ゆい」のようなかつての地域のコミュニティ・インフラの代わりに、NPOや株式会社などの現代的な仕組みインストールするのは、多くの限界集落での課題ですが、その一つの手法であるなと。イロイロ課題が言われている「地域おこし協力隊」の受け皿(移住含む)にもなっており、今後の展開は一種の地域商社になって行くのではなかろうかと思ったのでした。

(6)当時の50代の活躍
10年以上前、当時の50代の地域住民が(他地域でもよく見受けられる)地域特産品作りなどから、徐々に意識変革やノウハウ構築につながったそうで。その方々が、ある意味で自分がそのまま高齢者になったときに住めるように地域を「改造」した形。「自分事」としてリアルに考える人々が、自分たちにない要素を積極的に外部に求め、できることを役割分担する。
こうした「僻地の村残し」活動のターゲットは、高齢者や「若者」などではなく、実はそのままその地に残るであろう「50代」か?

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逆に、60代ぐらいの方々が今から頑張り始めている地域は、すでに手遅れの可能性も。。。

(補足)

地域残し」は、地域の実情(とりわけ人材的なところ)が全く違うため、人によっては「法則性なんかないから、事例研究など不要」「オリジナリティが重要なんだよ!」という方に会ったことがあるですよ。でも、実際にはこの「地域残し」は、ある意味で近代以降の日本が初めて直面する問題なわけで、これから様々な事例や知識、知見が蓄積され、処方箋が開発されていくんだと思うんですね。その意味では、今は様々な地域を視察し、何かしらの法則を見いだすという、もがき苦しむ時期なのだ、と思った次第。

ところで、この後、せっかくだからこの古民家に宿泊しようと思うも、2週間前までにWEB経由で予約しなければいけないルールになっておりました。何しろ業務が見切られたのが12日前で、視察対応はわざわざ役場の方がマンツーマンで柔軟に対応頂いたものの、宿泊できず。

結局20km離れたキャンプ場に逗留することになったのですが、そこでは・・・

笠間 建さんが写真4件を追加しました -- 場所: 祖谷渓
10月20日

【トモダチ作戦】
夕食に「それいけ!アンパンマン キャラメルコーン」を食すなど。
ひ、ひもじい。。
な、なぜこんなことに・・・

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日本三大秘境の徳島県祖谷渓の「限界集落の古民家インバウンド観光ビジネス」の里、落合集落を視察。
その後、結局古民家宿には泊まれず、20km離れた山中で台風の影響の雨の中、キャンプ場のバンガロー独り退避するなど、いとおかし

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もとより車中泊覚悟ゆえ、それよりは。

森の深く吉野川の水の音が暗闇で響くここは、寂寥感甚だしき。
お、恐ろしい。。。

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たがアンパンマン・キャラメルコーンのおかげで、勇気が湧いてきたよ!
タケルくん、勇気をあげる!
自分を奮いたたせるため、人が周りにいないことをいいことに、オペラ調ラピュタ語を交えながら、下記のごとく詠唱せり。

おお、アンパンマン
優しき君よ
愛と勇気の二人だけを友とする、孤独な戦士よ
そなたは私と同類
孤独な男
我が戦友
左様に恐れず
皆のために
我に力を、光よ甦れ

リーテ・ラドバリタ・ウルス・アリヤロス・バル・ネトリール

愛と勇気しか、友達いない。

(1時間後)

これが最後のコアラのマーチだ・・・。
神のご加護を・・・!

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(2時間後)

お、俺は夢でも見ているのか・・・?
山中のキャンプ場に、コイン式シャワーが・・・。
百円で3分の極楽
なんかマッチ売りの少女の気分だぜ・・・。

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(2時間半後)

ふいーっ、やっぱ文明の利器ってやつは最高だよ。
思わず200円、6分間もシャワーを浴びちまったぜ。
宇宙ではやれるときにやる、次にいつそれができるかわからないから、って、メーテルも言っていたしな。

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(補足)

視察は計画的に・・・

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その昔、カサマが中学生ぐらいの時、久々に会ったTOKYOに住む叔母が「やっぱりある程度大学は名の通ったところが、イロイロと仕事に有利よねぇ」という話をしているものの、あまりピンとこず、「はて、世の中そんなもんなのかなぁ」「やっぱりTOKYOはおっかないところだなぁ」とか、他人事のように思ったですよ。

しかしその後、ある意味で日本最強の学閥組織であるところの防衛庁(当時)の某A大学校に進学すると、それはむしろ今から見ても生ぐさい学閥社会で、非常に驚いたものです。

それは、某A大学第00期がトップを牛耳っている云々、というのとは真逆で、「某A大学校出身の幹部は部隊で評判が悪く、『A幹(防大か一般大卒で幹部候補生になった幹部)』の中じゃ帝大出身者の評判が高い」「実際、俺たち頭悪いし。私大はともかく、帝大は凄い」みたいな、何か旧帝大にトラウマがあるのか、非常に自信のなさげな話を訓練指導教官が自らするという有様士気下がりまくり。それもそのはず。ちょうどその当時の指導教官(二尉、一尉)はバブル絶頂の頃に卒業し、卒業生の1/4が任官拒否(『隠れ任拒(にんきょ)』含む)をしたカサマよりちょうど10歳上のバブル世代。

当時の部屋長が「兵力の1/3の損害は全滅判定だ。あいつら(バブル世代の某00期のこと)はデビューした時点で既に全滅なんだよ、わっはっは!」と宣い、訓練助教(40代以上のたたき上げの一曹とか)からもやたら「近頃の若い幹部、使えねー。お前達はそうなるなよ」という類いの話を訓練地の消灯後に夜な夜な燃料投下(飲酒)しながら聞く始末

それはともかく、その後、紆余曲折あって仙台でビジネスをしておりますが、ではこの地に東北大学閥とか東北学院大学閥があるかというと、アカデミック界隈では若干あったものの、ことビジネスに関しては全くない。むしろ恩師が「学歴よりも学習歴」とおっしゃっていましたが、実際今や採用面接で「いま研究している内容は?(学部生に聞く・・・)」とか「卒業論文(卒業制作)はどんな内容ですか?(黒歴史で恥ずかしすぎる・・)」とか聞くのが採用マニュアルのテンプレートにあるほど。

そんな世の中だからこそ、カサマはあえてこのセンダイに強大な宮城大学閥構築し、泉区や大和町の影からの支配を試みているのでした。

2017年12月2日11:59

【学閥】
一昨日、宮城大卒業生の14期前後の後輩諸氏と呑むなど。
私は3期生(年齢的には1期生と同じ)なので、「一回り」上の世代ということで、なんてこったい

今や入学者の半数が、県内その他のから優秀な学生が推薦で入ってくる優良大学になっているらしく、卒業生も全国の一流企業に就職。今だったら私は絶対入れないな・・・。
しかし、この日集まったのは、県内に残った「愚連隊」というべき強者ども。起業準備中事業承継準備中、ビジネス支援機関で創業サポート怪しいコンサルファーム所属など、実に頼もしい

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最近、仕事上でも宮城大学卒業生と絡むこと多く(と言うか、弊社の社員でも採用しているし)、着実にこの地域に浸透している模様。

この調子で「宮城大学閥」という最狂の学閥を発生させ、やがでそこから宮城県知事あるいは仙台市長輩出。カサマはフィクサーとして暗躍し、中山方面にモノレール(懸垂型)を我田引鉄し、仙台大観音の県有化あるいは市有化するのが人生の夢なのであった。

(補足)

半数が県内その他から優秀な学生が推薦」というのは一見すると素晴らしいことですが実は注意が必要でして、カサマの頃のように入試で一発逆転リスクテイク型の人間はほとんどおらず、昔と違って今は高校で成績が良かった、比較的優等生タイプ、入試で学力考査がなかったリスク回避型の学生さんが半分以上集まっているということ。果たしてそれは、起業家を育てるシステムとして宮城県、というか東北にインストールされた起業家量産システムとしての宮城大はどうなろうのだろうか・・・?

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その懸念は3年ほど前の2014年に宮城大学の「キャリア開発」という授業でゲスト講師をした際に、確信に変わりました。

「将来、一旦就職したとしても、起業あるいは経営者を目指している人は?」と100人ぐらいの学生達に手を上げさせたところ、なんと2人しか手を上げない・・・。ありゃ?何か言い方が悪かったのかな?と思い、「ちなみに公務員志望の方は?」と試しに手を上げさせると、半数が手を上げるではないか・・・!

その瞬間、ああ、残念ながら東北に起業家エコシステムを構築する構想は、半ば失敗したのだなと非常にがっかりしたのでした。

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(2013年の「キャリア開発」の授業の様子。カサマのビジネススクール(WBS)時代の恩師、杉浦正和先生が宮城大学でゲスト講師。これが縁で翌年カサマが講演)

いや、確かに第1期生が卒業した際に半数以上が東京で就職した結果、県議会議員の先生が議会で「県民の税金を使って育成したのに東京に就職させるなど、カリキュラムに問題がある」という頓珍漢な批判をされた方がいたり(なお、当時はいわゆる「就職氷河期」で県内に就職口がなく、大卒フリーターと非正規雇用が大量に県内に溢れた年)、大学事務局に新しい提案をすると、まだ卒業生もいない新しい大学なのに「前例がない」などと回答する(県庁プロパーの出向職員)など、確かにあの時、伏線があった・・・。

そんなわけで、もう諦めてなぜか最近ビジネススクールの同窓達がセンダイに移住していることから、そっちを中心にしようかと思っていた矢先。

アツい強者(つわもの)どもがちゃんと宮城大学の後輩いて、実に心強く思った次第。

もっとも、彼ら・彼女らは、現在の宮城大学の中では異質な浮いた存在になっていたという話を聞いて、高等教育として、いや社会システムとしてアントレプレナーを育成する難しさを改めて考え、このブログを書きながら一人モニターの前で落涙して眼鏡が曇ってタイピングできなくなる、2017年のクリスマスイブの夜

年間のプロジェクト数を2/3に減らしたのにもかかわらず、平日は連日職場で寝泊まりしなければならないほど多忙。その一方、今年の目標「週に1日は徹底的に遊ぶ」を実現するため、徹夜明けでも登山をするなどしているカサマ。

秋も終わりの11月のある日、面白山山中を彷徨っていたところ、現実感のないバッドエンドの世界に紛れ込んでしまったですよ。

2017年11月4日

【廃スキー場】
狭い登山道から突然開けて、高さ2m近い不思議な「ススキの空間」に・・・いや、違う!
なんだこの違和感、いや既視感
私はここに来たことがある・・・!

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そうか、ここは「面白山スキー場」の林間コースだ。
何十回と滑った斜面。ここで私は高校時代に、ウェーデルンを完成させたんだ。

つい最近まで、仙山線には「駅から降りたらすぐ目の前にリフトがあってスキー場」という、世界的に珍しいスキー場があったんですね。

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しかも冬季はクルマでは来れらず、電車のみのアクセス。車がなくても滑りに行けるということで、学生にとっては非常にありがたく、またカサマは以前北山駅前に住んでいたので、平日中心に年間20回近く通った年もありました。

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わずか5年でメインゲレンデは木が生い茂り、写真では伝わらないのですが、樹高は優に2mを超え、一部は5m以上で滑走不可能

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リフトは一見使えそうですが、乗り場の建物などはところどころ崩壊

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子供の時から友人たちと滑り、社会人になってからは技量を高める場であり、多くの人で賑わっていたあの思い出深いこの広いゲレンデ。

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(写っている「芝」のようなコース状の植物。これ、全部私の身長より遙かに高いという・・・。中央左の松は、高さが私の背丈の倍以上あります。)

たった数年でこの姿。

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この偉大な植物の生命力と、放棄されたリフトと崩壊した建物など、かつての人類の痕跡が残る雄大なスキー場「跡」を独り目の前に、何かこう、「バッドエンドの21世紀」の世界に紛れ込んだ哀しい気分になりますなぁ。

(補足)

1970年代後半に生まれ、現在「アラフォー」世代であるところのカサマ世代は、「ファミコン世代」とか「週刊少年ジャンプ黄金時代」とか「ジブリ映画をリアルタイムに見た世代」とか「元祖インターネット世代」とか、わりとサブカルチャー的には恵まれた世代である一方、「就職氷河期世代」とか「ロストジェネレーション」とか言われ、しまいにはNHKのクローズアップ現代では「アラフォークライシス」という特集で我が国の衰退の最大の原因とまで言われて、人生が無理ゲー、「人生スーパーハードモード」でセレクトボタン連射アツい世代。

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(2017/12/14放送のNHKクローズアップ現代より。この金額、月額ですんで)

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なるほど、確かに我々の世代が本来2000年代前半に三つ目の出生数の山を作っても良さそうなものですが、むしろ合計特殊出生率は1.26人類史上空前の低率をたたき出して子孫も残さず、「幻の第3次ベビーブーム」を現出してしまったようです。

それもそのはず、この世代は380万人という圧倒的多数の非正規雇用を抱え、とにかくカネやその他資産がない。現役世代最大のボリュームゾーン世代で消費の主役のはずのアラフォーにも関わらず、なぜか給料(唯一)下がっていて、そもそも消費できない

最近カサマは、上のバブル世代や下のゆとり世代から「なんで結婚しなかったのか?」「なんで子供産まなかったんですか?」的なことをよく聞かれるわけですが、いや、カネもないし、若い頃、とにかく自分一人生きるだけで必死だったんで。今のアラフォー独身に、その手の質問や結婚話を茶化すのは、戦中派に「どうやって生き残ったんですか?」と聞くのに似ていて禁句だから、やめてさしあげなさい

それはともかく、1980年代から90年代前半という、この国の国力最盛期に子供時代を過ごした世代ゆえ、今見えているものが全て子供の頃よりも衰退しているように世の中が見える。アニメのドラえもんの世界で描いていた、科学文明隆盛で誰もが笑顔の輝かしい21世紀はいったいどこに・・・。

まるで自分がいる今の時代がゲームのバッドエンドの世界を彷徨っているように感じるわけですが、これは燃える、ともい萌える・・・!

ほら、子供の頃、ファイナルファンタジーとかで失われた古代文明の遺跡の世界で戦っただろう?

押井守とかアキラとかの退廃した文明世界を、ブラウン管テレビの前で夢見ただろう?

それがいま、目の前に現実として広がっているんだ・・・・!

結局、廃墟と化した面白山スキー場に悲しみを感じたのは最初の5分だけで、むしろこのバッドエンドの異世界萌えまくって、大興奮で2時間以上写真を撮りながら、まるでゲームの世界に迷い込んだように、堪能してしまった。そして満足げにその場を去った後におそってくる虚無感と言ったら。

後世、おそらく急激な時代の変化を超えた世代と総括されるかもしれません。しかし、その時代を生きた当の本人達としては、別にノストラダムス先生が伝えていた1999年7月アンゴルモアの大王様による劇的な人類的災難があったわけでもなく(むしろ震災直後の燃料が不足した時期の仙台のディストピア感の方が・・・)、明確にディストピアを意識することなく、緩やかにポストアポカリプス(黙示録の後)の世界に無自覚に移行してしまったのかもしれない

マンガ、アニメ、ビデオゲーム・・・。バーチャルな世界でさんざん堪能してきた憧れのポストアポカリプス

それ故の、この感性、この当事者意識のなさこそ、氷河期ロスジェネ世代のなのだろうな、などと客観的に分析しながら、クールに廃スキー場を去る21世紀前半のある日のカサマなのでした。

日本国内には、昭和の時代にナゾのノリで作った祭りが50年以上続き、「奇祭」へと昇華されたイベントがいくつかあるのですが、マサカ足下の宮城県に、以前は誰も変だとは思わず、今になってその珍妙さに気づき、大々的に開催されているのに誰も知らない、21世紀初頭に改めて発掘された祭りがあったですよ。

【奇祭、発見さるる】
し、信じられん・・・
このカサマが、これまで自分の住む宮城県内で、これほどの「奇祭」があるのを見落としているとは・・・。

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こけしの謎のハリボテの正式名称が「ハリボテ」だと・・・?

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なぜ女性だけKIMONOを着て百数十名が奇妙な踊りを踊り、その後ろでこけしのハリボテがアクチェブに蠢いているのだ・・・。

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まさか、青森県新郷村の「キリスト祭」に匹敵する奇祭が、我が足元の宮城県に存在するとは。
昭和の頃より半世紀もの間、全く進化も退化もせず我々に発見されるのを待っていたのだ・・・。

このカサマ、既に全国47都道府県を制覇し、数々の珍妙な風習を見てきたつもりでいたが、とんだ奢りであったわ。

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この地上には、我々の理解や人知を超えた風習が在するのだ。
そう、案外近い我々の足元にね。

<補足>

この「ハリボテ」の珍妙さは主催者側もネタとして自覚しており、「毎年ハリボテの品質が上がっております」とか、「インスタ映えするこのこけしのハリボテ達をどんどん拡散して下さい」「天下の奇祭です」と自分からアナウンスしており、一部の好事家には知られつつあるようでした。

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ところでカサマがこの日一番気になったのは、実はこのハリボテと不思議な踊りではなくて、当日のシゴト場所であった桜井こけしさんからメイン会場に歩く間のわずか500mぐらいを歩いていて、こけし祭り当日なのに店を閉めているこけし店が複数あった点です。そもそも、昔の記憶ではそこにあったはずの温泉宿がいくつか無くなっていて空き地になっており、スナックしか開いていないという状況。

「こけし」そのものも後継者不足の解決は道半ばで、いまだ存亡の危機をひしひしと感じてしまい、唯一の若手工人の先進的な取組に感嘆しながらも、鳴子そのものの将来像について想像すると、実に心苦しいのでした。

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祭り直前の河北新報の2017年8月11日の記事は指摘します。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201708/20170814_12038.html

(以下引用)

<鳴子温泉物語>放漫経営で旅館激減

(前略)1989年のピーク時、130軒あった宿泊施設は現在、半数の65軒。多額の負債が設備投資や世代交代を阻み「団体から個人へ」という旅行形態の変化に乗り損なう。バブル期に栄えた温泉地は、どこも似た状況だった。(中略)理由について高橋会長は、観光名所の鳴子峡で07年以降、落石事故が相次ぎ、川沿いの遊歩道がほぼ全区間閉鎖されている影響を挙げる。「温泉は各地にあるが、鳴子峡は独自の観光資源。行政は対策を練ってほしい」と注文を付ける。

 観光協会の言い分に大崎市議の中鉢和三郎さん(54)は首をかしげる。協会は旧鳴子町時代、年間1億円超の入湯税収の3割を得ていた。中鉢さんは「その名残で、身銭を切ってプロモーションする文化がない」と分析する。合併後その収入は失われたが「何事にも人任せな体質が残った。協会が手を打っていれば、ここまでにはならなかった」と厳しく指摘した。

(引用終わり)

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この一部好事家のハートを射貫く全国こけし祭りの「ハリボテ」を、このカサマが知らなかったなど、カサマの情報収集不足よりは、プロモーションの不全、いや根本的なマーケティング上の何かがボトルネックになっていることを感じ落涙しつつ、仙台からの直通バスがついに一日2往復(ちなみに登米は1時間に1本)になり、2時間に一本しかない陸羽東線に乗って、温泉地に来たのに宿泊はおろか温泉にも入らず、いまや陸の孤島となりし鳴子を去るある日のカサマなのでした。

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石巻・女川界隈で 2017年7月22日(土)~9月10日(日)に開催された「Reborn-Art Festival 2017(リボーンアート・フェスティバル 2017)」

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瀬戸内国際芸術祭や越後妻有の大地の芸術祭など、地方開催の芸術祭が隆盛を極める昨今。

その中で、「アート×音楽×で彩る新しいお祭りを東北に」をキャッチコピーに「食」を差別化ポイントとして打ち出したナイスな視点の割りには、コンセプトのステートメントではすっかり食の要素が取り除かれて、事実、復興途上地域の展示地域では食を楽しむどころかコンビニすらほとんど無く食料調達にも苦労するという今回のリボーンアート。

クリエイティブ系に苦手意識があるカサマとしては、後学のために、様々な締切に追われる中で無理矢理なんとか予定を丸一日空け、タイムズカーシェアの6時間無料チケットを行使して最終日直前に廻ったのでした。

何しろ相手は現代美術=モダンアート。何かしら批判的精神と批評を行うべきであろうと、頑張ったですよ。

2017年9月10日 場所:おしか御番所公園

【リボーンアートの(シロウト)講評】
いよいよ石巻・牡鹿半島を舞台にしたリボーンアートも、終盤になってようやく潜入ッ!
草間彌生先生をはじめ、全国・世界から著明なアーティストの作品が集まった今回のフェス。

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シロウトのカサマが見た中で、最も現代アートとして優れた作品は、広報安全等対策交付金事業(女川)さんによる作品「原子力は明るい未来のエネルギー」でした!

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震災復興を祈念しポジティブな作品コンセプトが多い中、地域課題人類の将来に鋭く斬り込み、この美しい風景に「ベンチ」として溶け込ませる一方、何かの「違和感」を懐かしいフォントで演出する、まさにモダンアートの真骨頂でした。

とりわけ、人々がこれに座ることで風景との一体感が完成され、この「参加するアート」の仕組みは大変秀逸です。
多くの来場者が、隣接する草間先生の作品にばかりに気持ちが集まり、この作品の存在に気づかないほど。

このやうな優れたアーティストがまさか地元にいるとは、仙台・宮城のアートシーンの未来を予感させます。
今回のフェス終了後も引き続きこの作品は永続的に展示されますので、牡鹿半島の先端「御番所公園」にお立ち寄りの際は、是非ともこの作品に参加してください。

2017年9月10日

【リボーンアートフェスティバル2017のナゾ】
本日で終了した「リボーンアートフェスティバル2017」。関係者の皆さん、お疲れ様でした!

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この分野があまり得意ではないカサマ。
だからこそ、これは目に焼き付けておく必要があろう、ということで、昨日急遽予定を変更し、牡鹿半島中心にタイムズカーシェアの無料チケットを行使して廻ったですよ。
しかも、communaのアートディレクターの 長内 綾子 (Ayako Osanai) さんも同行しての解説付き

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というか、参加アーティストや関連音楽ゲリライベントのアーティストなども途中一緒になり、こりゃまるでドラクエのパーティメンバー追加イベントみたいだな、と思った次第。

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いきなりふんどし一枚になって泳ぎ始めたり、度肝を抜かれましたが、さすがは「アーティスト」。
その様子を見て、アートフェスの本質の一部を見たような気がしたですよ。

というのも、以前、四国の有名な「神山町」を視察した際、アートフェスが地域変革(特に「移住政策」)で重要な役割を担ったことを聞いたからです。(エリアマークの下記のブログ参照)
http://www.areamark.jp/blog/kasama/2014/12/facebook-4.html

神山町はかつて、お遍路以外で見たことがない人間が来ると、村民が一斉に警戒して、時には電話連絡網で「変なやつが来ているぞ」と伝えるほど保守的な地域だったそうで。
それがアートフェスをやった結果、「『あーちすと』っちゅう変なやつ何ヶ月も村をふらふらするけど、結構面白いな」ということで「人間慣れ」したらしく、「お遍路」で実は培っっていたおもてなしの精神が再発見され、そこから大きな変革が始まったそう。
アーティストって変人が多いらしいですよ?(すっとぼけ)

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今回被災した地域への「移住」は、今後一つのテーマではありますが、今回のフェスが神山町の時のような効果があったかどうか?カサマは「あったっぽい」と、当日のボランティアや住民などの慣れた様子を見て感じたのでした。

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一方で、今回のフェスは越後妻有や瀬戸内などの他の「田舎」で行われるアートフェス同様、関東圏などの「アートを解る人々」などをターゲットにしており、近隣最大の都市である仙台では広報量が圧倒的に不足していたんですね。
今年は天候にも恵まれていなかったこともあり、当初20万人を見込んだ人出も、30%ぐらいしか達成できていないらしい。しかし、快晴の最後の週末に多くのセンダイジン達が牡鹿半島を回りながら、「え?こんな綺麗なコバルトブルーの浜が牡鹿半島にあるんだ」とか「とか思ったら、貝殻と平たい石だけの、不思議な雰囲気の浜があるね」とか「公園のベンチが電源予算で設置だし、未だに原子力の日を広報するモニュメントが一杯で、この地域は震災後も複雑だね」とか、色々な「発見」「気づき」があった。

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地元の人たちが「変人達が世界中から集まって、なんか面白いもの作って置いてった」という体験
近隣大都市のセンダイジンが「なんか近くに面白いところ案外いっぱいあるな」という気づき

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それが震災の経験と復興のプロセスの中で、どのような「伏線」「種」になるのか?

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現代アートの一つの効果でもある、アートによる社会変革・社会干渉のようなものは、時間をかけて発現するもの。

最後の最後で地元の人々(仙台含む)がこのフェスに参加し、それがどう浸透するか?
むしろ今後の取組にこそ、アートフェスの本質が隠れているように思うのでした。

<補足>

同行した長内女史から言われたのが、このフェスにはマーケッターがいないという指摘で、なぜ地元である仙台をメインターゲットにしなかったのか?という、震災後移住組センダイジンのもっともな疑問なのでした。

今回主導したのは、いわゆる東京のアーティスト東京のプロデューサーで、こうした地方で開催されるアートフェスでは大変珍しく、自治体の役割が非常に小さい点も大きな特徴でした。それは一面では素晴らしい取組とスキームなのですが、案外落とし穴が、実は同じ被災県でも都市のセンダイジンと郡部の津波直撃地域では「復興」に対して精神的な断絶があるという点を指摘する者がいないということです。よっぽど感度が高いか現地に数年単位での長期滞在していないと、東京のヒトではその不都合な真実に気づきにくい。

もしこのアートフェスが、むしろ都市と被災地を結ぶ仕組みとして、ジモティーが地元の良さを再発見する仕組みとして設計されていたら?

いや、そもそも企画段階でもっと地元の人間(センダイジン含む)が関わっていたら?少なくとも、アートフェスの最終日を、センダイジンにとって今や最重要な祭りとなった、70万人が集まるジャズフェスの日程と重ねてしまうような悪手を打っただろうか?

現場のアーティストや運営者の偉大なる献身的な取組と、車で廻った美しい牡鹿半島のあのゼルダの伝説的なワクワク感と、未だに地元宮城の沿岸部で巨大防潮堤が建造される一方住宅はさっぱり建っていない現実に改めて驚いた感情を思い出すにつれ、この芸術祭の無限の可能性と、その実現の難しさに嘆息するある日のカサマなのでした。

1971に開港し、既に45年以上が経過して間もなく半世紀を迎えようとするしているにもかかわらず、未だに港」という建設当時の通称が使われている「仙台新港」

ある雷を伴う雨の日、久々に終電新幹線やまびこ233号を、自宅マンション「王の丘」から見ることとができるほど早く帰宅することができたですよ。

ところが一瞬の稲光の後、仙台新港の方が赤く燃えている

それから数日間、その謎解きに精を出すことになったのでした。

2017年6月16日

【おい、いま何か爆発したぞ】
帰宅したところ、突然閃光が。
雷と思われますが、その後、塩釜・石巻の方角が赤く染まりました

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はて、何が起こっています

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(M氏コメント)高速からは煙突から火が吹いてるように見えました。

(カサマコメント)なに、あれが新仙台火力発電所のフレアスタックだと?

ばかな、あんなに光っているの見たこと無いですぞ。ちゅうか、新仙台は石油じゃなくてLNGだから、フレアスタック出るかね?コンバインドガスタービンに不調でもあったか?

(1)アンゴルモアの大王
(2)北朝鮮によるICBM攻撃
(3)インディペンデンスデイ

(4)新仙台火力発電所の煙突から出ている火(フレアスタック)
さあ、どれだ!

正解はやはり(1)ではなからうかと。ノストラダムスの予言より、この世界線では18年ほど遅れたか。。。

(カサマ自己コメント)

あー、Twitterとかで火力発電所とかみなさん言っていますが、そういえば近くにJXTGの石油精製所がありましたな。震災で一度壊滅したやつや。
数年に一度全力で出すやつか。こんなに明るいとは。。。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/JXTGエネルギー仙台製油所

(そして翌日・・・)

2017年6月17日

【フレアスタック】
ビンゴ。
やはり昨日の推理通り、新仙台火力発電所ではなく、JXTGエネルギー仙台製油所のフレアスタックだった模様。
http://www.noe.jxtg-group.co.jp/.../.../local/pdf/umineko_72.pdf
Google先生の単純な検索では引っかからず、JXTGのページから辿ってようやく見つけたわい。

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製油所での定期全検の期間中、装置停止と起動時にフレアスタックが大きくなる模様。
結構長い期間のメンテナンスになるので、運転調整などでしばらく何回かあの大きなフレアスタックを観察できる見込み。

こりゃあ、もっと近づいての撮影に行かねば!

多分たくさんの問い合わせが消防やJXTGに来ているだろうから、Facebook広告とかで半径10km以内に告知するとか、あるいは一層の事、フレアスタックが大きくなる日に「フレアスタック見学説明会」とかイベントにしてしまい、工場萌えしたり地域の方のプラントのご理解の機会にするとか、広報の機会にしてもいいかもですね。

ご安全に!

(そして何やら画策を・・・)

2017年6月18日

【フレアスタックその2】
中山から仙台製油所方面を望む。
ここからもこれほど鮮明に見えるとは。

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30分ぐらい観察していたのですが、常に明滅しながらも、時々大きくなったり、2つ目の煙突からも火球が出たりと、なかなか見ごたえが。

なんというか、この中山からの景色は天空から下界を観察している感があって、私の子供の頃の原点の景色の1つで、たまりませんな。

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しかしこうやって見てみると、近くに見にいきたい衝動にかられ、時計を見るとまだ1930だから、ここから自転車まで向かえばほとんど下りだから(略

2017年6月25日

【フレアスタック その3】
先週土曜日、中山の天空から仙台製油所の炎(フレアスタック)を見た後、やはり近くでみたくなり、「好奇心のままに」そのまま自転車で向かうなど。
飛んで火に入るナントカ

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はるか遠くの自宅マンションや丘の上から見ていたものを、真っ暗な埠頭を彷徨いながら苦労して間近に接近できると、小さいながらもシンプルに感動と満足感がありますね。

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「好奇心のままに。」
少年の心を失わず、精神の若さを維持するというやつですね。本日を以って四十路に突入となりましたが、それをこれから10年の目標としたい。

何とも幼いことだが、家庭を持たぬ身軽な者ゆえの贅沢特権と心得たり。色々同時進行できるほど、私は器用ではないので。まったく不惑どころかむしろ、迷いを楽しむ境地へと達す。

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悪いなみんな、ここから先は私の特等席なんだ。

<補足>

「この目で見たい」というかなり原始的な好奇心は、あまり深い意味はないとかつては思っておりました。しかし最近、人類はそもそも「この目で見たい」好奇心DNAレベルで刻まれているのではないか?と思うようになったです。

というのも、7万年ほど前の「トバカタストロフ」により、現生人類(ホモサピエンス)は1万人程度まで減少して絶滅寸前になったらしいのですが、その後急速に「出アフリカ」を達成している。

<トバ・カタストロフ理論>

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%95%E7%90%86%E8%AB%96

たぶん人類にはその場にとどまって我慢するグループと、好奇心旺盛で色々なところに行ってしまうグループの二つがいて、トバカタストロフによる気候変動で、結果的には前者はその地で絶滅し、後者が様々な地域に分散することでリスクも分散され、1万人程度の群が生き残ったのではないかと。

つまり、現代の人類はそういう好奇心のおかげで生き残った者達の末裔なので、基本的には皆が一定の好奇心を持ちたがるDNAが残っているのだと思うのです。それが、無意識に生存戦略だと知っているから・・・。

その意味では、カサマは山の上から火を見て実際にそれを近くで見たくなって自転車で90分以上走るあたり、もしかして原始人に近いのやもしれぬ。などと、戯れに思うのでありました。

この記事を書いた人

笠間 建

笠間建 (コミューナ・トランスレーション・デザイン有限責任事業組合)

事業連携担当。
プロジェクトエンジニアを僭称(?)中。PEは本来は工場オペレーション用語ですが、調査分析・事業企画・計画・実行など、プロジェクト全般を広義に「エンジニアリング」してきたキャリアパスで、他に良い表現が見つからないので。2008年9月から2010年8月まで、社会人学生として東京で貧乏大学院生生活を送っていましたが、2010年9月に無事修了して仙台に戻ってきました。
趣味は自転車、旅行、写真。

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