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マクロの眼

プロジェクトエンジニアを僭称(?)中

「笠間Facebook記事転載のナゾ」カテゴリのアーカイブ

【Go to JIMOTO, discover JIMOTO】
国の政策や疫学者の見解などから、いよいよ来週(補足:記事投稿時点は7月半ば)から東京を除いて国内旅行解禁といったところ。
ですが、まだまだ感染に対する恐怖心や、また星野リゾートさんのいわゆる「マイクロツーリズム」のような優れた提言もあり、当面は超長距離移動の旅行よりも、近隣観光が主となりましょう。タイムズカーシェアも過去最大級の値引きが行われ、公共交通機関のない地元の観光地にも行きやすくなりそう。
地元の観光資源を見直そうという訳です。
だがちょっと待ってほしい。
「地元」って言っても、出身地域や在住地域によって、おそらくこの「マイクロ」の認識が変わる可能性がある。
例えば、宮城県の1/3しか面積がないにもかかわらず東北全域の人口に匹敵する神奈川県などだと、神奈川県民が「地元で観光」と言っても、とにかく人が溢れてしまう。
一方で、岩手県人が「じゃあ県内旅行」と言っても、移動距離が普通に300㎞を超える長大旅行になるのであった・・・。
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岩手様、大きすぎる・・・!!!
どこまで行っても岩手。
「いつから岩手を通り過ぎていると錯覚していた?」
今回のコロナ騒動に限りませんが、「日本は一つ!」みたいな意識で対処すると、色々と不具合が起きそうだ。
とりあえず直感的に理解できる「物理的距離」とか「物理的大きさ」を認識することで、よりきめ細かで精密な構想が求められる、「ポストコロナの観光」の姿が見えてくるのかもしれない。
そのためには、首都圏の大手旅行代理店を救うのではなく、既存のDMOとも違う、「地域旅行商社」の創生と育成が必要なのかもしれません。今回、かなりの人数の「大手旅行代理店」の人材が世に「放出」されるだろうから、そういう若手人材を地域に取り込む準備が必要やもしれぬ。
それは創業支援であったり、移住支援であったり、或いは・・・
<補足>
何かを言いかけているが、おそらく言いたかったことは婚活支援に違いない。
それはともかく、割と仙台でも温泉地が二つあったりと面積はなかなか広大で、「遊べる」。
しかしやはり車社会の弱点はあり、今回のコロナ騒動で割と見過ごされてしまっているのが、クルマに乗らなくなった、いや車を買えなくなった大多数の若者が数か月にわたり引きこもらざるを得なかったという事実。
するとこの半年間、若者はほとんどなににも消費することなく、「消費しない文化」が深刻に定着してしまったかもしれない。
これは後からジャブのように効いてくる可能性がある。
おそらく現在の20代の世代には、既存のマーケティングによる需要喚起はほとんどこうっかがない可能性がある。
就職氷河期ロスジェネ世代の我々の若いころですら「最近の若者は車も買わない」「最近の若者は旅行にもいかない」などと言われており、必死に若者の気合のせいにしようとしていた上の世代の観点がありましたが、それは単に貧しかったに過ぎないという事実。
しかも、実はこの世代、ファミコンやジャンプ、アニメなどのサブカルチャーにはやたら恵まれていたこともあり、貧しくても自分の好きなものにはかなりのお布施をしていたという一面もあるのです。
ところが今回のコロナ騒動で、20代前半から30代前半ぐらい、1990年代生まれにかけて、産業革命以来初めて、真の意味で「消費しない日常が文化として定着した世代」が生み出されてしまったかもしれない。
この半年、恐ろしいことが起きた。
それをこれはさらに下の世代に連鎖するだろうから、国民の3人に一人が年金生活者だという絶望的な上からの衰退に、今度はもはや誰とも会わず消費もしない若者という下からの衰退というダブルパンチの今日の日本の環境にさらに拍車をかけるのかもしれないなぁと思うと、暗澹たる気持ちになるかと思ったら、あまりにも絶望過ぎてオラ、何だかワクワクしてきたぞ?

コロナ騒動真っ最中の4月の中頃、もともと予定していた桜系業務が全部飛んだ結果、かえって地元仙台の桜をゆっくり見られるようになるとは皮肉なものです。

もっとも、この写真を撮りに行った時間は深夜2400近くで、世間は緊急事態宣言で自粛ムードの中、全然仕事は自粛していなかったどころかかえって忙しかったのだがな・・・!

投稿記事:2020年4月15日 笠間 建さんは愛宕神社展望台にいます。

【伝説の樹の下で】
そろそろ仙台の桜も、終わりに近づく。

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愛宕神社のこの風景はお気に入りで、時々夜な夜なここに来ては
「このコロナ禍で、街が泣いている...」
とか
「ふっ、愚かなる人類たちが化石燃料を燃やして得た燈火で、束の間の繁栄を謳歌しておるわ...」
とか、世界の行く末を案じる国士様ゴッコをしに来るわけですが、この場所を「発見」したのは今を去ること25年前の高校のとき。

細い階段を登った先に広がった神社空間。
大きな桜の樹。
何かの物語が始まるに違いない。

そのワクワク感たるやかなりのもので、「何ということだ、『伝説の樹』は実在したんだ!」と、きっと藤崎詩織(41)みたいな幼馴染がこの伝説の樹の下で告白してくれたり、或いは月島雫(39)みたいな文学少女に朝日を見ながら告白したい人生だった。

  終
制作・著作
━━━━━
 ⓃⒽⓀ

<補足>

コロナ騒動で皆陰鬱な気持ちの真っただ中だった4月の中頃に、人によっては何のことなのか全くわからない謎の投稿を夜な夜なしているわけですが、こんな一見意味不明な投稿の79人も「いいね!」を押しているあたり、カサマ界隈は相当なヲタクと見える。

藤崎詩織(41)は、言わずと知れた90年代を代表するギャルゲーで、1994年にPCエンジンで発売されたときめきメモリアル、通称「ときメモ」のヒロイン。何と1978年生まれの設定で、私の一個下の学年かね。今思うと、いや当時から思っていましたが、このヒロイン、どう考えてもなかなかビッ0な感じで、当時から「こんな同級生いたら、ヤダな・・・」と思っていたものです。

それに比べて月島雫(39)は、かの伝説のアニメーションスタジオ、スタジオジブリがときメモの翌年1995年に放映した漫画映画、ジブリ史上最大のファンタジー映画「耳をすませば」の主人公で、夢に向かって全力で暗中模索していく青春真っただ中で汚れなき精神のヒロインでもあり、今の儂には眩しすぎる(ポム爺さん@天空のラピュタ)。まあ、男子校の高校生だった当時から、周りにいた女子たちや妹を思い浮かべながら「こんな現実的には絶対いない想像上の生物と、一緒に下校したり交換日記をつけたい人生だった 【完】」状態で、十分違和感があったわけですが。

後にこの二人や私は「就職氷河期」と言われる過酷な運命が待ち受けており、「ロスジェネ」などと後世呼ばれることを知る由もなかったのであった。お互い歳を取りましたねぇ・・・。まあ、春麗姐さん(52)のやんちゃぶりは相変わらずですが。

とはいえ、今でもこのカサマ、平気で国士様ゴッコできるぞ?

国士様ゴッコはいわゆる「厨(中)二病」と言われる、典型的な症状。世間の男子が必ず通る、漫画やアニメの読み過ぎで邪気眼を発動しそうになったり教室に入ってきたテロリストを阻止する方法を考えたり、或いは米の冷戦を終わらせるための方策を考えたり、或いはジャーナリズムの真骨頂「ムー」の記事を参考に光の戦士になったり、そういう若者が陥る深刻な症状。

カサマは2020年で年号が「令和」とかいう未来世紀にやってきたにも関わらず、ここ30年間中二病を発症したままなシックでメロウな42歳独身。

コロナ禍なんぞ、かつて私が阻止した1999年のノストラダムスの大予言に寄って降臨した恐怖の大魔王に比べれば、どうと言うこともない・・・。

コロナショック前夜のお話。

このブログを書いている2020年3月26日現在は、おそらく後世「コロナショック」と言われて、飲食産業や交流産業はおろか、社会構造と価値観のパラダイムシフトとなったと言われるであろう時期なわけですが、そのわずか1か月前まで、普通にスーパーマーケット・トレードショーが開催されて、食産業の明るい未来を見ていたんですよ。

今となっては、すべてが懐かしい・・・

投稿記事:2020年2月15日 一緒にいる人: 齋藤 由布子、佐藤 大樹 場所: アメヤ横丁

【21世紀のアメ横にて特異点】
展示会帰りにIki Zen チームとアメ横にて、水産業と流通ロジスティクスの特異点の未来を体験するなど。

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儂ら、単にアメ横で一杯引っ掛けているようにしか見えんって?

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このアメ横の店の刺し身、場末の屋台的な店にしては妙に絶品なのだが、凄腕料理人がこんなところに?
いやいや、実はここの刺し身は大船渡からCAS冷凍で輸送されておるんじゃ。魚が送られてきたのではなく、「刺し身が送られてきた」

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今回のSMTSでデビューした、三陸とれたて市場さんの「盛るだけお造り 天然旬凍」は、その名通り、この最新の技術と日本の正確なロジスティクスを活用し、「料理人不要な刺し身提供」を実現するもの。
たとえば和食職人がヒラメの刺し身を1万枚切るのに10年かかったとして、大船渡の加工場のオバチャンたちはそれを1年で捌く「超凄腕刺し身職人」な訳で、その凄腕の刺し身がCAS冷凍により劣化していない状態で、アメ横の一角でリーズナブルに食べれてしまう衝撃。

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食の世界の職業体系すら変えてしまう、衝撃の革新。
「食の世界の人材不足(人手不足とも微妙に違う)」を解決する革命。
産地が(原材料ではなく)直接料理を提供する」食の世界の特異点。

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国営放送が継続取材中で、店頭で食べている間も岩手のテレビ局が我々を撮影していました(「関係者」だとは知らずに(笑))。
今目の前に既に繰り広げられている未来を確認し、カサマはクールに御徒町を去る、ある21世紀の2月なのでした。

6月27日
【策源地-泉ヶ岳編-】
ついに完成ッ!
泉ヶ岳山麓に現れた、Ogata Kinichi さんの新しい拠点「OGATA YAMA」に潜入するなど。

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このギャラリー&住居に加え、周辺は事務所や制作現場が集約され、工人たるスタッフや外部からはそのギャラリーの時間と空間を楽しみに人々が集う。

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あたかも月面基地スペースコロニーのような全体で生態系を成し、いわばOGATA ワールドの「策源地」とも言える。ここから様々なプロダクトや情報が、世界に発信されるのだ。

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弊社はHP制作を担当させていただき。
https://www.ogata-japan.com/
人数曜日限定で、1620円のリーズナブルな「入館券」をwebから購入して、この時間と空間を楽しむことができるという。
仙台最高のリア充スポット誕生である。

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こりゃあ私もデートに使わないと、って、おっとその前にまずは彼女を作るのが先だったなHAHAHA!

<補足>

このOGATA YAMA。

仙台はなかなかメディアテーク以外に建築として楽しめるものが少なく、また「丘の向こうを探るワクワク感」のあるスポットが微妙にないんですね。しかしこの泉ヶ岳山麓のOGATA YAMAは、たどり着くまでのドキドキ感が半端なく、さらに目の前にそれが現れたときの驚きと言ったら。久しくこういう感覚はなかったのですが、小笠原諸島の父島で、色々さ迷いながら旧軍のトーチカを発見した時の感覚に近く。

ただこのカサマ、一点だけ心配があるのだ。

このGoogleマップの衛星写真を見てほしい。

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これ、最初見たときは、旧ソ連の大陸間弾道ミサイルの地下サイロに見えたですよ。米軍やCIAが軍事衛星でこれを発見して、もしかして一応見に来るのではないか。と想像し、これは同じくスパイ衛星の画像から、ミサイルサイロと誤認された、中国の少数民族「客家(はっか)」の円状の集合住宅「福建土楼」の例を思い出したのでした。

wikipedia 客家

それぐらい、アツいスポット。是非とも行くべし。

7月1日

【水無月大祓】
それは実に不思議な光景でした。
白装束の男たちに続き、100mはあろうかという列が、無言で「草の輪」を静かに潜る。

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しかし雨の中、誰とも言わず潜る時には傘を畳む者、時に潜る前に一礼する者。その時各個が思い思いに「礼」を尽くす、自然と決まった全体の秩序がある。

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その景色は見方によっては珍妙であるとすら感じたが、しばらくその様子を観察して気づきました。
ああ、これは「巡礼」なのだ。
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教のような西欧の宗教のように、これは東洋の神聖な巡礼なのだ。

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雨音の方が大きいぐらいの、その静かな巡礼が行われる空間に、しばしその余韻に浸りながら、私も傘を畳み、その景色の一部となるため、ずぶ濡れになりながらシャッターボタンをひたすら押し続けるのでした。

<補足>

2年ほど前にも本ブログで「(FB転載)どんと祭、時は来たりのナゾ」として、大崎八幡宮を取り上げたことがありました。かつて大崎八幡宮は仙台七夕に次ぐ、仙台で2番目の集客があった「仙台市民の祭り」だったわけで、すなわち大崎八幡宮こそ、米沢で言うところの名古屋で言うところの熱田神宮、盛岡で言うところの盛岡八幡宮、米沢で言うところの上杉神社みたいな、要は「市民がみんな何かの機会に行く神社仏閣」ポジションだったと思うんですね。

市域もここまで広くなり、いまや「センダイジン」も多様になっているので、必ずしも何でもかんでも大崎八幡宮である必要はないとは思うのですが、わりと「写真映え」するエリアやイベントがある。しかし、このSNS時代でも、私の周りではほとんど大崎八幡宮が登場することはないんですね。

大崎八幡宮のHPはスマホ非対応ですし、SNSは未運用。あまりWeb発信は力を入れていないようですが、一方でFacebookのスポットに上がっている投稿やGoogleの評価など、最近はほとんどが外国人という。

何かこう、仙台市民に再浸透させるか、或いは観光客などの市外の人にも知っていただくのか、少しターゲッティングしながら広報にほんのちょっと力を入れるだけで、「古くて新しい仙台の文化」に復権するように思うのでした。

2019年8月10日

【大河原花火大会】

大河原花火大会に潜入するなど。

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5000発上げて、かつ今や珍しくなった巨大な「ナイアガラの滝」も演目にあるなど、意外な実力

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雑踏警備が追いついていないほど、人があふれてややカオス状態。こりゃシンドイ、撮影どころじゃないな・・・と思い、ふと船岡城址公園の方を見ると「天空カフェ」の灯りが点いてる?

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そこで真っ暗な白石川沿いを汗をかきつつ北上し、スロープカーを使って山頂に登ると、プチ宴会場状態になっており、絶景広がる。
地元民向けの穴場、発見。

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その幻想的な風景は、写真ではなかなか表現できず。(ちょうど風下側なので、少々煙たいのも撮影環境としてはややマイナス。)
もっとも遠目に見ると、「ナイアガラの滝」が何かしらの兵器のようにしか見えず、これはこれで・・・。

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先日の河北の報道の通り、県北を中心に花火を上げるような大規模な「夏祭り」の開催が、人手や資金面から困難な状況に。

<河北新報引用 2019年7月30日>
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201907/20190730_13013.html
夏の風物詩 曲がり角 宮城県北各地で花火大会など休止 深刻な人手不足、商店街疲弊も・・・

宮城県北各地で、花火大会などが休止に追い込まれるケースが相次いでいる。浮き彫りになるのは警備や運営を担うマンパワー不足。「一度でも休んだら、再開は難しいだろう」との声も上がる。夏の風物詩は小規模自治体から消えてしまうのか。
(中略)
涌谷町観光物産協会事務局がある町まちづくり推進課は50年以上の伝統がある夏まつりの中止に踏み切った理由について「人手が足りず、準備が間に合わなかった。ここ数年は運営に携わる人が少なく、どうにかやってきたが...」と話す。
高齢化や後継者不足にあえぐ商店街の疲弊も遠因になった可能性がある。加美町の花火大会では例年、協賛金で400万円前後を捻出してきた。ある商店主は「毎日、店を開けるので精いっぱいで、集金まで手が回らない。花火で商店街が潤うこともないため、協力に理解を得るのも一苦労で、いずれ限界を迎えていただろう」と声を落とす。
美里町の「美里まつり」も今年、花火の打ち上げを取りやめる。
<以上引用>


これは決して「田舎が大変」という話ではなく、仙台の街中のフェスや町内会の夏祭りもその維持が大変になりつつあります。

ここには、昭和から平成にかけて巨大化していった「祭り」の構造的な問題があると思うのです。
何万人も集まってきて、盛大に花火を上げる祭りは、私が物心ついた時から確かにありましたが、決っして普遍的なものではないと思うんですね。せいぜい50年ぐらいの歴史か。

それを維持するためには、商店やら自治体やらがお金を出すだけでなく、恐らく「見物者(消費者)からお金を徴収」する仕組みを考えねばならぬかもしれぬ。
それは古典的な寄付とかに加え、電子マネーなどを使う仕組みとか、「ビジネスモデルの開発」のような感じなのかもしれませんなぁ。

<補足>

自分が生まれる前、或いは物心ついていた時から始まった祭りは、あたかも続けることが当たり前永遠に続くものだと錯覚してしまうわけですが、自らが運営側になる世代に至り、「こりゃ維持するのは大変だ」ようやく実感するわけです。

50年ぐらい続いた祭りも、よくよくその発祥を聞くとそれほど深く考えたものではなくて、今や古老となった当時の若者ノリで始めたものも多く、以前某中山地区の重鎮から、商店街の祭りで姫神せんせいしょんを呼んだ時には1万の来客があったとか、毎年夏まつりで一町内会のくせに3000発花火を挙げてナイアガラの滝で締めるのを電力研究所の野球グランドでやっていたときは隣の泉市からも来場があったとか、それらがだいたい「ノリ」だったという話に仰天したものです。

そんな金余り牧歌的な時代はとうに過ぎ、運営をする若者の数はそもそも半減し、今やフィージビリティが重視される世の中となり、昭和後期のナゾの世の中の盛り上がりを憧憬しつつも、「今はそんな時代じゃないよなぁ」などと思うわけです。

一方、仙台のように町内会単位で1000発級の花火大会が開かれるようになった背景には、1980年代に花火師による直接発火から、遠隔での電気導火線による電気着火というイノベーションがあったのは疑いありません。これにより、花火大会を量産できるようになった。大量に日本で出回ったドイツ製アメリカ製のアタッシュケース大のこれら発火制御装置は、元は野砲のFCS(射撃統制システム)等の軍事技術の応用でありまして、まさに冷戦時代の技術のたまもの。今や制御は電気導火線どころか無線で制御し、運用コストはますます低下していやがります。

そう、あの町内会や地域の花火大会の背景には、冷戦時代の技術イノベーションが背景にあったわけです。

であれば、FCS以上に進化が激しかった情報通信技術や電子通貨の技術など、元はARPANET(アーパネット)という核攻撃への対抗技術が発端である「インターネッツ」の技術革新を、祭りの運用にもっと積極的に応用する工夫があってよいと思うわけです。

いまだ冷戦終わらず。

各地で打ち上げられる花火を独りで寂しく鑑賞しながら、「ふっ、まだ戦は終わっていない。ソ連は滅びぬ、何度でもよみがえるさ。だが技術革新が世界を変えるって、実際にあるよな」などと世界の行く末を憂うごっこをして、クールに花火会場を後にするある日のカサマなのでした。

1990年前後、いわゆるバブル前夜にセンダイ人は謎の盛り上がりにより、さまざまな研究開発組織を作ったり地下鉄作って政令指定都市にしてみたり巨大な観音像を建造してみたりしていた訳ですが、21世紀も18年が経過して、元号もヘイセイジャンプして令和になった最近、いろいろ総括する時期に来たようです。

2019年7月3日

ICR(インテリジェント・コスモス研究機構)、静かに解散。
https://www.kahoku.co.jp/tohokun.../201906/20190625_12033.html

<以下引用>

インテリジェント・コスモス研究機構の解散決定 新事業の創出担い30年

東北6県と新潟県の官民が出資する第三セクター、インテリジェント・コスモス研究機構(仙台市、ICR)は24日の株主総会で、解散に関する議案を承認した。1989年の設立以来、新ビジネス創出を推進した30年の歴史に幕を閉じた。
 青葉区のホテルであった総会には約70人が出席。担当者が解散理由や今後の見通しを説明し、議案を原案通り可決した。ICRの内田龍男社長は「東北と新潟の産学官連携に大きな基盤をつくり上げたと自負している。今後は清算の終結に向け努力する」と述べた。
 ICRによると、3月末現在の資本金は約85億円、累積赤字は約36億円。清算会社が年内にも未収債権の回収や未払い債務の弁済をして残余財産を確定し、株主に分配する。

<引用終わり>

奇しくも同じタイミングで、パークタウンのテクノプラザみやぎも解散。

バブル直前の昭和末から平成初めにかけて、仙台では第三セクターのR&Dセンターが、
・テクノプラザみやぎ(昭和63年1988))
・インテリジェントコスモス研究機構ICR(平成元年(1989))
・仙台ソフトウェアセンターNAViS(平成5年(1993))
立て続けに3つも設立されているんですね。
そしてその全てが、ここ1年半で解散

その投資額は甚大で、資本金だけでも3つ合わせると120億円近く、投資した自治体・会社・団体の総数は延べ250社を超える壮大なプロジェクト。
国内でもこれほと一地域でムーブメントが起こったのは仙台だけと言われていて、その「結末」が今現れていることに、個人的に「2019年の近未来にタイムリープ」した、なんとも不思議な感覚があり。これらの「結末」については、しかるべき方が総括してくださるでしょう。

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この昭和末・平成初めの仙台の「熱量」については、15年ほど前にICR設立の事実上の「若手の核」だった阿部四郎先生と3年ほどお仕事をした際に、ずいぶんと聞かされました。(阿部四郎先生は、私のビジネススクールへの大学院推薦状を書いてくださった先生の内のおひとり)。
あの時代、実務で先導したのは当時の40代の若手の研究者だったこと。一方で、「研究者」が主導したことにより、ことごとくプロダクトアウトで思ったような成果がまだ出ていなかったこと(なので、仙台土着民の私が、産学官連携の仕事を一旦辞めてビジネススクールに行くことに非常に期待していただき、今だから言えますが「仙台に戻ってこい、ICRのポスト用意する」とまで言われた)。

あの時代に相次いで設立された3つの第三セクターについては、批判的な意見の方もいようかと思います。私も、阿部四郎先生の話を聞きながらも「前世紀の筋の悪いスキームだな」と客観を装ったものです。

しかし、自分が40代になった今、自分の能力や熱量、周りの同世代の能力や熱量を鑑みると、単なる時代背景だけではない、30年前の諸先輩方のあの時の活躍を思うと、私は何も言えなくなってしまう。
「平成の終わりから令和の初めにかけて、当時の30代40代の若手が死ぬほど働いて震災の復興を支えようとしてたけど、無駄だったね(藁)」
とか言われてしまうのではないかと。いずれ時代に、歴史に裁かれるのではないかと、その恐怖で私は何も言えなくなってしまうのでした。

<補足>

一応、各組織のスペックを記録(墓標)として。

(株)テクノプラザみやぎ
設立:昭和63年(1988年)3月
解散:令和元年(2019年)6月
資本金:約35億
第三セクター方式(公共:18億5千万、宮城県・仙台市・日本政策投資銀行・仙台商工会議所、民間:17億500万、三菱地所、七十七銀行、東北電力等38団体)

(株)インテリジェント・コスモス研究機構
設立:平成元年(1989年)
解散:令和元年(2019年)6月
資本金:約85億
第三セクター方式(214社・団体の出資)

(株)仙台ソフトウェアセンター(NAViS)
設立:平成5年(1993年)
解散:平成30年(2018年)3月
資本金:約9億円

よく巷では「センダイ人は保守的で人の足を引っ張りあうのが常で、大きな構想力が足りない」という話を様々な世代や分野で聞くわけですが、カサマ個人としてはこの「センダイ人」の部分を変えたバージョンを他の様々な地域でも聞いたことがあり、しまいには東京のビジネススクール時代には「日本人は保守的でルサンチマンがあり、欧米に比べ多くの人が構想力に欠ける。でも僕のヨーロッパでの同僚にも、実はそういうやつはいた。」なることを結構有名な先生がおっしゃっていて、ここまで来ると、もしやその弱点は日本人特有どころか人類共通の弱点なのではないか?などと思うわけです。

色々調べると、むしろ結構センダイ人は巨大観音を作ったり、一つの通りの街路樹全部に電球つけてみたり、商店街を紙で埋め尽くしてみたり、国の金が当てにできないなら地域の金を集積して3つもR&D組織を作ってみたり、無駄に構想力が発達しており、むしろ実務を担う人材が後に続かないというヒューマン・リソース・マネジメント(HRM)の問題の方が大きいのではないか、などと思うわけです。

一方、よくよく当時の東北インテリジェント・コスモス計画の資料を読み込むと、実は当時考えられていた情報化社会の先端の知見からロードマップがきちんと描かれており、しかも意外に当たっているどころか今でも目標とすべき知見があったりもする。

そうした視点でかつての三セクR&Dセンター軍を見ると、役所や他機関から出向と退職者のセカンドキャリアポストになり果てて前例主義の組織になってしまっていた21世紀での様子が思い出され、偉大なる先輩方の軌跡をから我々が学ぶべきは、構想大きくても小さくはじめ自分も出資した若いリーダーに最低10年は組織を任せるような、組織の開発の視点ではなかろうか、と思うわけです。

その意味では、第三セクターでスタートしていた時点で詰んでいたとも言え、あの熱量のタイミングで、みんなで盛り上がるのではなく、「いやあんたは金を出すべきじゃないよ」「あんたはいなくていいよ」という、冷静に引き算型の全体最適化ができる、ある意味で古典的なリーダーシップが新時代には必要なのかもしれない、などと思い、来るべき巨大加速器の構想を「観察者」属性のカサマは生ぬるく眺めているのでした。

そういえば、極東で発生した巨大災害の復興のための国家組織が出向者の集合体でリーダーシップがは(以下検閲)

移住先で創業ッ!

移住者がその先で生業を作っていくというのは、ある意味で古くからあるモデル。それを戦略的に設計したのが徳島県神山町の「ワーク・イン・レジデンス」が嚆矢だったとして、実はわれらの足元宮城県にも、なかなか先進的な「まだ知られざる事例」があったですよ。

2019年6月9日

【六日町夜市潜入作戦】
この三年で10人が移住創業した「シャッターオープン事業」日本屈指の最前線、栗原市六日町の夜市に稲葉さんとNさんと潜入するなど。

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最近移住したCさんにもご挨拶。
このメンバーでのフィールドワークは数年ぶり。N先生の博論に多少は貢献しましたかね?

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いわゆる「地域おこし協力隊」スキームを活用しているのですが、見よ、協力隊事務所のこの要撃管制基地戦術地図のような巨大なホワイトボードを!

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地域の商店街の物件資源と開業状況が一目瞭然である。
いわゆる「見える化」ってやつです。

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さらに月一回の夜市も、栗駒山麓の「辺境の地」(失礼)とは思えないほどの人出で、「流行り祭」になっておる。

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もともと緩やかに消滅仕掛けて細ボソとやっていたものを、移住組の若手が一ノ関などの県外も含めた他地域のグルーブと連携して出店者を確保(その代わり、他地域のイベントには六日町のグループが出店応援する)。仙台じゃないところがミソ
そしてわずか一年でこれ程までに。

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そもそもこの「商店街に移住」「地域おこし協力隊」「創業」の組み合わせは、地域おこし協力隊スキームが開始された当初、自治体が受け入れ体制やノウハウがない中、民間企業の立場で稲葉さんが起業家教育などのプラグラム提供したことが発端らしい。

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たぶん全国で一番早い。
10年近く経って、それが花開きはじめているということか。

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ここには発展途上の様々なノウハウや知見があり、個人的には徳島の神山町、上勝町、高知の馬路村などの視察に匹敵する驚きがありました。

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まさか足下の宮城県にこのような事例が生まれつつあるとは。。。

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<補足>

夜市の記事なのに、明るいうちの写真が多いのはご愛敬ね。何しろ夏至も近かったし・・・。

仙台の商業を語るうえで割とメジャーな都市伝説、「仙台に地下街がない理由」シリーズですが、河北新報より驚きの報道があったですよ。

何故かこの時期に。

2019年6月13日

【衝撃の仙台の秘密】
こ、これ本当の話だったのか・・・。

<河北新報2019年6月13日「地下街のない街仙台 構想浮かんでは消え半世紀」>

「実は、あの殺風景な仙台駅の東西地下自由通路には驚きの仕掛けがある。JRと市地下鉄の間の約200メートル区間は壁が薄く、くりぬけばいつでも店舗が設営できる構造になっている。 市都市整備局の幹部は『将来、地下街開発の機運が高まったときに備え、可能性を残している』と明かす。」

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201906/20190613_13035.html?fbclid=IwAR3b-PZs8k1aBu8AXEKe2_KhNaGDF-4LnyW93ddTIohxAztNxKvYRT0w8yc

この話、もう18年以上前だと思うんですが、私がまだ大学生だった地下自由通路開通時、(お恥ずかしながら)2ちゃん●る鉄道板だったか運輸交通板だったか地方都市板だったかで流れていた噂だったんですね。

つーことは、あの書き込みはホンマに「中の人(関係者)」が書き込んどったのか・・・。

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確かかなり具体的でリアルな話もあって、実際に地下街にしても坪単価が5万円超えてしまうので地元勢は入れず、一方で市が非公式にパルコやハンズなどにヒアリングしたものの、1000平米ぐらいでは中途半端で採算性が取れないので難しいと判断しただとか、そういう話。
何しろ20年近く前の話で、当時の担当者がいるかどうかわからんけど、あれも与太話だと思っていたら、もしかして本当だったのか?

今回の報道、割といろいろ影響があるのではなかろうか。

2010年6月14日

【実測なう】
ああ、こりゃあ地下街を作ったとしても、商業施設として致命的な弱点ができてしまう。

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だが「両側」に更なる奥行きを「繋げ」れば、あるいは・・・。

<補足>

「商店街の商店主が反対運動をした」とか「街のフィクサーたちが政治力を使って市の動きを封じた」とか、もう少しまじめだと「1980年の静岡駅前地下街爆発事故以降、地下街の安全性について議論があり、規制が強化された背景もあり、仙台に限らずそもそも本格的な地下街がそれ以降30年地方都市では作られていない」とか、色々人々の想像を掻き立ててきた「仙台地下街がない伝説」。

ないものの理由を考えるのは、妄想の範囲が広がりやすくて楽しいので、ついつい想像を掻き立ててしまうわけです。

そんなわけで、多少は実証的にやろうということで、Google先生だけではちと正確性に欠けるので、現調してみたですよ。すると予想通り、何者かの陰謀だとか以前に、「こりゃ無理だ」という大人の事情が。

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青い部分が地下街想定。延べ床面積が2,910平方メートルにしかなりません

この大きさは、ちょうど長町駅の高架下に2015年にできた「tekuteながまち」とほぼ同規模。tekuteは延べ床面積3,000平方メートルで店舗面積が約1,600平方メートル。店舗数は16店舗にすぎません。少なッ!この規模ですと、いくら駅直結だとしても魅力的な売り場にするテナントミックスは、困難を極めるでしょう。

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(tekuteながまちレイアウト。JR東日本東北総合サービス株式会社のプレスリリース資料より抜粋。)

この大きさで、既存の商店街を脅かすとか、あるいはフィクサーが市に圧力をかけるほどの面積に思えません。ちなみに近くの「中央1-10-1」の公示価格は驚きの360万円/平米で東北最高価格。多層階にしないととてもじゃないけど成り立たなそうで、実質1階分しかない地下街はそれだけで不利になりそうです。長い時間と工期をかけて作った、たった3千平米の賃料はいくらに設定になるのでしょうか?

超テキトーな計算ですが、仮に最高公示価格の半額で、札幌のアピアの建設費が200億円という怪しいサイト情報があったのでそれを参考に20年で建設費回収すると計算すると、こんな感じ?

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坪単価84万円キタコレ!

10坪のお店なら、家賃が月額70万円以上だ!ちなみに工費、先日完成した仙台駅東西自由通路の工費が28億円らしいから、こんな安いわけないよね!(藁)

仙台に地下街がなかったのは、どうも単純に経済合理性が背景にありそうです。

一方で今回報道されたこの「東西地下自由通路」の「実はくり貫けます」エリア。北側には最近地権者の整理がついたと報道された「旧さくら野」、南にはただいま絶賛解体工事中の「日乃出ビル」と暫定複合商業施設「EDEN(エデン)」が。

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もしこれらの再開発案件の地下空間も繋げられるのなら?

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あれれ~?SPAL地下と連動すれば、突然全国10位圏の、天神地下街に匹敵する地方都市最大級の地下街が生まれるくさいぞ?

なるほど、こりゃあ、駅前再開発関係者の皆さんが、三菱地所の丸の内開発のように自ら音頭を取るのは無理だけど、誰かに音頭を取ってもらいたい感じやも知れぬ。周辺再開発と一体で地下部分で補助金頂ければ、ワンチャンスある可能性が微レ存

となると、このタイミングでなぜ仙台駅界隈最大の都市伝説のナゾが報道されたのか?いくつかの背景の仮説が立てられそうだ。

(1)本当に、単純に河北新報に読者の純粋な疑問の投稿があった

ほら記事は一応「読者とともに」だし。

(2)駅前の空洞化を心配する河北新報社の「社論」の発露

ほら、直前まで、さくら野の地権者の整理が進んだ件とか、日乃出ビルの解体の記事等で、「仙台駅前の空洞化」を心配する記事が続いておりました故。誰かに発破をかけたいかもね。

(3)さくら野側の再開発関係者による何かしらのリーク

ほら、中心市街地の均衡ある発展とか、言ってられないから。何しろこれだけの面積の再開発となる高い収益性を目指さなければならないから、何なら仙台だけでなく東北中から人を集めたいだろうし、まさに仙台駅前は(以下略)

(4)EDENと日乃出ビル側担当のオリックスグループの方々による何かしらの(以下ry

ほら、中心市街地の均衡ある発展とか、言ってられな(以下ry

隣接するams西武だとかH5とかの地権者も説得し(以下ry

(5)某政令指定都市が地下鉄活性化とからめて何かしらの仕掛けを(以下ry

あんまり駅前の活性化ばかりやると、それこそさすがに各方面からいろいろ言われるし、某極東の政令指定都市が進める街づくり方針的にも若干矛盾が発生するので、やはりここは地下鉄の活性化という大義名分でこ(以下ry

・・・色々妄想を掻き立てる仙台地下街で、まさに100年に一度の千載一遇の好機ッ!と言いたいところですが、ま、センダイ人のいつものこと。地下どころかそもそも地上の地権者の整理もへたくそですから、いつもの通り、地下鉄南北線の台原―旭ヶ丘間の分岐対応設計同様、日の目を見ることはないでしょうなぁ、などと無駄に時間をかけた思考実験をしながら嘆息するのでした。

弊社(株)communaにて、平成30年度に宮城県より欧米豪向けインバウンド公式サイト「VISIT MIYAGI」の制作を委託頂いたですよ。「VISIT 0000」という都道府県のインバウンドサイトは国の交付金が元手になっていて、既にいくつかの県で立ち上がっているのですが、多くが「東京の大手」が手掛けた物。そんな中で弊社が県より評価いただいた提案は「宮城在住の外国人ライター(を発掘・トレーニングして)が、外国人目線で観光資源を選定し、執筆を行う」という点。地元在住外国人による「VISIT MIYAGI編集局」をオーガナイズしたわけですが、これは地元企業でないとなかなかできないこと。

実にマーケティング的な手法だと自画自賛(私は担当者じゃないけど)ですが、実はこれには我々世代特有の「起業によって自分の居場所を自分で作る」という避けられない行動原理があるかもなのでした。

2019年3月24日

【Visit Miyagi 完了&打ち上げ】

宮城県の欧米豪向け公式サイト「Visit Miyagi」の打ち上げを挙行するなど。
https://visitmiyagi.com/
オードブルはship street cafe よりヴィーガンメニューを調達。
これは美味い。

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参加者を見ての通り、本サイトは「在宮城外国人ライター」による記事を集大成するという、首都圏の大手さんなどではまずできず、一方で仙台のような外国人が2万人近く住んでいる大都市がないとチーム編成も難しいという、実に宮城らしい「オンリーワン」のプロジェクトではなかったかなと。

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アクセス解析によると、「ライター」プロフィールから入った人間が多いらしく、これは嬉しい誤算。

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一方で三人のファクトチェック・チームや他にも画像チェックメンバーなども優秀で、仙台でもなかなかない「英語を使う仕事場」が一時的とはいえ存在出来たということで、震災以降にコミューナを作った意義・役割はあったようにも思い候。(このメンバーが全員女性だった点、個人的に色々所見がある)

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今後、仙台程度の都市はいやでも世界の中の機能に組み込まれるわけで、こういう能力を持つ人々の「プラットフォーム」を、民間組織で「都市機能」の一環として維持していくのは、まあある意味で苟もそれ系の高等教育を受けたメンバーで設立した、市民としての責務でもありますな。

なんとかこのチームを一過性でなく維持していきたいので、皆さま仕事ください(笑)

(捕捉)

カサマが日本初の起業家養成公立大学であったところの宮城大学事業構想学部事業計画学科(改めてみると凄い名前だな・・・)に所属していて20年ほど前。「起業」することは、いわゆるマズローの欲求の5段階説でいうところの自己実現欲求の至高の行動のごとく教育を受けたんですな。

ところが世に放たれた2000年代前半は後に「就職氷河期」と言われる時代で、マズロー的には下位の欲求である安全欲求を満たす防衛手段として起業せざるを得ない世界に変貌

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実際、弊社の取締役を含む3人はフリーター出身(カサマ)だったり、自社でボーナスを設定するまで人生で一度もボーナスをもらったことがなく想像上の架空の設定(?)だと思っていたり、残業代をもらったことがなかったり、つーかそもそも代表は就職したことがなかったり、一般的な企業では長居はできないキャリア形成をしてしまっているわけです。

そんな中、数年前から出てきた概念が「自分で自分の居場所を作る」という、昭和50年代に生まれた起業家たちの行動原理で、有名なところだと引きこもり出身起業家の家入一真氏(1978年(昭和53年)生まれ)あたりでしょうか。実際彼は、仕事がほとんど長続きしなくて「残された最後の選択」として止む無く起業し、数年後に20代で日本最年少のJASRAQ上場を果たしている。そういえばZOZOTOWNの前澤友作氏(1975年(昭和50年)生まれ)も、ミュージシャン時代から実業界に来るエピソードが居場所作りっぽい多分僕らの大半、経営者にしかなれない。経営者になって居場所を作るしかない。

これは恐ろしいプレッシャーだが、都市の機能という視点で見たとき、この居場所作りという活動は都市に埋もれた人材の発掘作業のような様相を呈していて、HRMの専攻者としてはなかなか興味深い。海外留学経験や外資系企業でのキャリアを持つただの主婦。交換留学を通して多元文化を違和感なく理解し、流ちょうに外国語を話す非正規バイト戦士の女の子。子育てひと段落で、ネクストキャリアを模索する高い士気のお母さん。

女子発掘とその方々の居場所構築が、地方都市でビジネスを進めるうえで大きなカギだと、しがない中小企業の取締役は「勘」として注視しているのでした。

もっとも私の場合、働く女子の発掘より嫁探しの方が懸案事項だがな。HAHAHA!

この記事を書いた人

笠間 建

笠間建 (コミューナ・トランスレーション・デザイン有限責任事業組合)

事業連携担当。
プロジェクトエンジニアを僭称(?)中。PEは本来は工場オペレーション用語ですが、調査分析・事業企画・計画・実行など、プロジェクト全般を広義に「エンジニアリング」してきたキャリアパスで、他に良い表現が見つからないので。2008年9月から2010年8月まで、社会人学生として東京で貧乏大学院生生活を送っていましたが、2010年9月に無事修了して仙台に戻ってきました。
趣味は自転車、旅行、写真。

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