本日、1月11日は鏡開きの日。
かつては、7日だったり20日だったり、また地方によっても違うそうですが、
一般的には、本日が、鏡餅を割って食べる日です。
なので、今回は「鏡開き」に関して調べてみました。
-----------
「鏡開き」は「鏡餅」を開くので、まずは「鏡餅」の方から。
年末にお餅をついて、お正月に飾るのは、すでに平安時代からあったようで。
室町時代になって床の間ができると、
武家が鎧甲冑を床の間に飾りその前に餅を飾ったりした「具足餅」
と呼ばれる風習があり、これが広まったとの説も。
「鏡餅」の「鏡」は、丸い餅の形が、
昔の丸い「鏡」の形に似ていることからついたというのが有力で、
この「鏡」も、三種の神器の「八咫鏡」(やたのかがみ)になぞらえ、
上にのせる橙(だいだい)を「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)に、
また、最近はあまり見ませんが、地方ではまだ残る、
「鏡」と「橙」の間に飾る「串柿」(干し柿を串に刺したもの)を
「天叢雲剣」(あまのむらくものつるぎ)に見立てて、
三種の神器のすべてを表現していたそうです。
餅を二段にするのは、「太陽」と「月」を表しているとも。
そもそも古代からある「銅鏡」は、みんな丸いですよね。
あれは、太陽を象徴しているという話があります。
確かに、神社などのご神体として飾られている鏡は、
「雲台」という、「雲」に見立てた台に置かれています。
古代における自然崇拝の象徴としては、
太陽こそが「神」だったのでしょうし、
日本では太陽神たる「天照大御神」を信仰してますからね。
また、古代の銅鏡は、映る面(反射する平らな面)以上に
裏側に意味があり、
方位等の観測や吉凶の占いに活用する事も有りましたので、
その意味でも丸くないと「鏡」足りえなかったのかもしれません。
また一方で、「鏡餅」は「心臓」に見立てたという説もあるそうです。
「心臓」=「魂」(たましい・たま)で、
身体を作り生命を保つために必要な食物を神聖視し、
「御霊」=「御魂」として象り、食した、と。
でも、「魂」だとしても何故「心臓」?という疑問が多少ありますが。
「お年玉」の「玉」も、元は「魂」だったという話もありますけどね。
個人的に気に入っている説としては、次のようなものがあります。
そもそもの「鏡」の語源として、
「かかめ」=「かか目」=「蛇の目」という説があります。
「蛇」の古語に「かか」「かがし」「かかち」というのがありまして、
まぁ、まん丸くて周りの物を映すその状態が、まさしく「鏡」だったという話。
蛇の名前で「やまかがし」というのがいますが、この「かが(し)」が
蛇の意味ですね。
で、「鏡餅」は、とぐろを巻いた「白蛇」の形を模したものだという説です。
神の使いであり、田んぼの神様でもある「白蛇」を祀るというのは、
直接的に神様を祀る事でもあるので、わかりやすいかな、と。
で、横から見ると「とぐろを巻いた蛇」の形で、
上から見ると「蛇の目」=「かか目」の餅、
ということで「かかめ餅」→「鏡餅」という話。
そうそう、前述したように、餅の上に乗せるのは「みかん」ではなくて
「橙」(だいだい)が正式だそうです。
「橙」は「代々」に通じ、長寿や子孫繁栄の縁起物とされていたからだそうです。
----------
さて、「鏡開き」は要するに「鏡割り」なわけですが、
「割り」を忌み言葉として「開き」に置き換えた表現です。
日本語には、こういう置き換えって結構ありますよね。
・「葦」(あし)が「悪し」に通じることから「ヨシ」
・「スルメ」を「あたりめ」
・「すり鉢」を「あたり鉢」
・「梨」(なし)が「無し」に通じるから「ありの実」
・「おから」が「空(から)」に通じるから「得(う)」に変え「卯の花」
・「猿」が「去る」に通じるから「得る」に変え「エテ公」
......「猿」を言い換える意味がイマイチ分からないですけれども。
開いた餅は、汁粉や雑煮にして食べるのが一般的かと思いますが、
かつては「歯固め」とも呼ばれていましたから、
昔は結構固い状態で食べていたのかもしれませんね。
歯を丈夫にして、年神様に長寿を願うのがその意味とか。
ちなみに、お祝いの席で、御酒の菰樽(こもだる)を木槌でパンと割るのも
「鏡開き」って言いますよね。
あれは、樽の蓋の事を、業界で「鏡」と呼ぶからだそうです。
やっぱり丸いから「鏡」なんでしょうね。
---------
最近では、プラスチック製の容器に密封されたものが主流で、
「割る」どころか、文字通り裏蓋を「開く」わけで、
もしかすると、最近の子供たちは、
まさしくこれこそが「鏡開き」
だと思ったりしてないでしょうかねぇ。
ちなみに、「串柿」がある「鏡餅」はこんな感じ。
私も家に帰って、裏蓋を開くことにします。