この11月は、小・中・高校のクラス会が重なった。
高校を卒業して50年になるが、4年ごとに行われるクラス会に今年は22名(同級生は53名)の参加があり、その内の3名は50年ぶりの初めての参加である。
久し振りに会う同級生の面影はどこかに残っているのだが、瞬間誰だろうと全く判らなかった。
平成12年、32年ぶりで東京から帰仙して会社を立ち上げたが、同級生には本当に助けられた。
その中に「光彦君」という同級生がいるが、彼は某大手ゼネコンの大所長で最後に薬科大学の建物を施工し、63歳で退職した。
光彦君はとても優しく、明るい好青年のままで昔から青葉区の芋沢という郊外に居を構えている。
「西仙台ゴルフ場」の地主さんでもあり、ゴルフ場の南西の隣接地に約2000坪の敷地の中に住んでいる。
先日、光彦君から「敷地内にある親父の家屋が空いたままでもったいないので、貸したいんだけど」と相談があった。
何度か家を訪れているが、「松本さー、前の畑は1000坪あって、一部は地域の人に自由に使わせているけど、そして、宅地が約600坪、ゴルフ場との境までの林があるのよ。」
「親父の屋敷だけど、建坪は約45坪くらいあるかな」「昔は茅ぶきの家屋で、解体して材木も利用して建替えたの。もったいないから貸そうと思っているの。」
と中を案内してくれた。裏庭に回れば小さな小屋が三棟。「ここがロクロ場で、こっちの小屋が乾燥場、そしてこっちが焼き場なの」とプロ級の趣味の陶芸場を見せてくれた。私が家飲みする日本酒の器も彼の作だ。
話が長くなるので、先に進むが、何とここは調整区域中にある。調整区域とは市街化を抑制する地域で、昔から農業や林業などで生計を立てていた親族以外は、許可なく家を建て商売や賃貸アパートなどは建てられない地域なのである。
只、「空家対策特別措置法」もでき、十分に使用できるのに解体することもできず、地域の活性化のためにも、活用できるように、行政との打ち合わせに臨むつもりでいる。
街の中心部からも車で30分くらいで行ける。蔵王連邦を望みながら、ゆったりとした里山の生活もしてみたいとは思うが、誰か興味のある方は是非ご連絡ください。