過日、(財)宮城県建築住宅センター主催の第21回 建築・まち・環境フォーラムを聴講した。テーマは『津波を踏まえたまちづくり』
講師は地元の民間歴史研究家として著名な飯沼勇義氏、御歳82歳。氏は独学で地元の歴史特に津波の災害歴史を調査研究し、過去の巨大地震の巣窟であった宮城県沖が永年空白域となっており、近々大津波が襲来することを確信する。その警鐘も踏まえ、1995年に研究成果を纏めた「仙台平野の歴史津波」を出版した。その本を携え宮城県知事、仙台市長を訪問し警鐘を鳴らし防災対策を訴えたが、まともに取り合って貰えなかったという。
そして、2011.3.11の東日本大震災は発生した。「行政は有名な大学教授等の意見ならすぐに取り入れ予算も出すのに、私に所には全然、全て自費です。」と嘆いておられました。
私も氏の著書を購読しましたが、民間人とは思われない詳細な歴史検証で、約180年から220年毎に巨大津波が押し寄せた歴史が有り、為政者は歴史を知り、歴史に基づいた施策を行うべきだと言う考えには全く同感しています。
ただ、自分の考えを声高々に叫んでも、他に受け入れて貰い理解して貰うには、それ相当のプロセスが必要な要素になることも事実です。
一般的なまちづくりに関してもそれは言えます。全国各地でまちづくり運動は進められていますが、なかなか思うとおりには進んでいないのが実情です。行政や都市計画・まちづくり専門家が夢を描き、将来の活性化に向けて説明していますが、多くは「総論賛成、各論反対」で前へ進みません。住民や各地権者にはそれぞれの事情があり、専門家が身を挺して事情を聞き住民の認識レベルを高めることが先決で、いくらすばらしい構想を話しても、それは専門家の自己満足に過ぎず絵に描いた餅になってしまうことが多いからだろうと思っています。
先日、東北Qの会(再開発プランナーの勉強会)の懇親会でメンバーのふと囁いた言葉が耳に残ります。「よくまちづくりは100年の計と言うけど。それは100年掛かるとか100年後の将来を目指してとかそんなふうに思っていたが、今回の大震災を経験してみると、その時代毎の100年間持続できるまちづくりをすることが大切ではないかと思う。」
いくら立派な大堤防を造っても、100年は持たないし、自然に対抗することなど所詮無理だと歴史も教えています。特に自然や景観を破壊する大堤防建設には大反対であり、税金の大きな無駄使いになることは目に見えています。みんなで知恵を出し合えば、防災に対する違った良案があるはずであり、行政も住民の声に真摯に向き合った頂ければ、よりよい結果は導き出されるはずです。