メンバーズブログ

マクロの眼

プロジェクトエンジニアを僭称(?)中

2013年12月のアーカイブ

仙台という街は特撮や漫画・アニメでは、例えば「ガメラ2  レギオン襲来」 では大爆発により街は灰燼に帰し、「最終兵器彼女」においては壊滅どころか地図上から消滅してしまうなど、なぜか尽く破壊される運命が多いのですが、それはともかく、どうも業界では仙台を舞台にしたアニメの準備が進んでいるようです。

December 9
【バーチャ充・強行偵察の巻】
某さくら野百貨店の「聖地巡礼展」なる謎の展示会に強行偵察。(注・シゴトです)
年明け1/10より仙台を舞台にした「Wake up girls」なるアニメが始まるらしく、そのタイアップの模様。
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「聖地巡礼」とは、アニメ等の舞台となった場所に、ファンが「現地偵察」を実施すること。
近年地域とタイアップしたアニメが増え、「産」やら「学」やら「官」やら「民」やらが集まるカオスの世界が形成されております。
しかし、これは見方を変えると「地域ブランド」と「コンテンツビジネス」の融合の萌芽と見えなくもないわけです。
「地ブラ」が、日本とか東北とか山形県とかを越え、とうとう真室川のある家庭で作られていた伝承野菜「甚五右ヱ門芋」クラスまでブレイクダウンされるご時世。
また、作り手もそろそろネタ切れ
かつての「小説」のように、地域資源を発掘して話を作るのが常識になり、いずれ、日本のアニメのほとんどが、何かしらの「地域つながり」で「地ブラ」化する時代が近いのかもしれません。
おお、私には仙台大観音と中山ジャスコの愉快な仲間たちジブリアニメ化される姿が見える。。。

<追記&解説>

アニメや漫画などを活用した地域おこしを「萌え興し」と呼ぶらしく、先行研究も存在するのですが、全国70事例を調査した(注:シゴトです)ところ、最低限の条件として作品そのものが高品質であることが求められているようです。

しかも、一過性ではなくて長く続くためには、その場所である必然性が必要の模様。

仙台、というより現代の青森・岩手・宮城・福島を舞台にするためには、東日本大震災は避けて通れないテーマであり必然性。「あまちゃん」のようなドラマ作りの方や映画作りの方、小説家の皆さんの間では、東日本大震災を避けず、正面から取り組む作家さんも多いようです。しかし、漫画やアニメでは、まだ作り手・クリエイターの皆さんが正面からとらえようという話をあまり聞きません。

是非とも作り手の皆様には取り組んでほしいもの、などと冷静な感想をする、20世紀でそちらの世界から足を洗ってしまった、自転車にワンカットしか登場していない宇宙戦艦「スーパーヱクセリヲン」という名前を20年来つけているカサマなのでした。

仙台市民はあまり知らないようですが、最近全国で見られるようになった二本の「ポール」を使った歩行法「ノルディックウォーキング」の普及拠点は仙台にあり、おそらく国内では最も活発な活動がされています。

このノルディックウィーキング、見た目以上にかなり運動生理学的に効果の高い運動で、全身の90%以上の筋肉を使い、かつ通常歩行より20%程度エネルギー消費量が高く、そんな激しい運動くせに運動中は何故か会話もできちゃうという、侮りがたい運動なのです。

今回、仙台市内の高級住宅街である泉パークタウンにて、ロイヤルパークホテルを拠点に歩くという、史上初のセレブ・ノルディックウォーキング・イベントが開催されたのでした。

【北欧型】
昨日11月30日に「リフレッシュ・ノルディック ウオーキング」を泉パークタウン界隈で実施ッ!
ロイヤルパークホテルを出発し、泉パークタウンと隣接する農村風景を堪能し、ランチはロイヤルパークホテルのバイキング。しかも講師はソルトレイクシティ・オリンピックで活躍された工藤さんという贅沢プログラムが、なんと2500円
仙台市の委託事業の一環とはいえ、これは格安。。
会場周辺は子供の頃からウロウロし、母校宮城大学もある「勝手知ったる地」。
しかしこの歳になって、この地が三菱地所が総力をかけて40年以上の歳月をかけて作ろうとした「理想の住宅街」の具現化と、改めてこの地域を歩いて(撮影して)感じた次第。
もっとも、独り身の私には一生住むことのない街やもしれませぬが。。。
HAHAHA!
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宮城大学の西側、白百合学園の北側に位置する農道ですが、宮城大学出身の笠間もこの風景は今回初めて見た次第。
パークタウンという現代的な住宅地と、すぐ近くの農村というのはまさに「別世界」で、物理的にアクセスしにくかったのですが、いつの間にか普通に歩いていけるように。
散歩好きにはたまりませんな。
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白百合学園と紫山の間を通る道路です。
後ろに見えるのは通称「とんがりタワー」。
これが建造されたのは笠間が確か中学生時代(1990年前後)だったと記憶。パークタウンの南側の丘陵地である南中山から、光り輝くとんがりタワーを望みながら、「うちの近くのシンボルタワーが『仙台大観音』なのに、同時期にできたパークタウンはなんとセンスの良いことよ」と、一人嘆息していたものです。
今回の参加者の年齢層は20代後半から30代の男女と、かなり若い集団でしたので、結構なペースで進みます。
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パークタウンから徒歩10分程度で、典型的な東北の風光明媚な農村地域に突入。
「引き」の写真もあり、これがまた美しい感じでしたが、諸事情に より今回割愛。
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ロイヤルパークホテルに到着。
ダイヤモンド社のホテルランキングで確か10位以内に入ったこともある、かなり品位の高いホテルで、当日も結婚式で馬車が出動しておりました。
宮城大学の卒業記念パーティーはここで挙行され、支配人に「皆さま、結婚する際はぜひともロイヤルパークホテルで!」と言われたのを覚えておりますが、夢破レタリ
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まさかのロイヤルパークで、運動着着たままランチバイキング。
参加した某事業団のY女史は二日酔いでの参加でしたが、二時間以上歩いて昼には完全回復で昼食をモリモリ。
こ、これが若さか・・・
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某事業団N氏、満面の笑みでスキッピング。
やるね!

<追記&解説>

実はカサマはノルディックウォーキングアドバンスインストラクターという上位のインストラクターであり、プロジェクトエンジニアとしてのキャリアは、事実上このプロジェクトも深くかかわっている「仙台フィンランド健康福祉センタープロジェクト」から始まっているため、ノルディックウォーキングとは浅からぬ因縁があります。

産学官連携ジャーナル 「健康サービス『ノルディックウォーキングプロジェクト』 ~日本ノルディックフィットネス協会の取り組み~ 」

都市型・郊外型・農村型など、様々な地域要素が狭い地域に共存している仙台は、様々な社会実験テストマーケティングに非常に適していると言えます。

こんな様々な新しいことにチャレンジできる仙台。

工藤インストラクターは「次は婚活ノルディックウォーキングだ!」と息巻いておりましたので、関係各位はぜひとも期待してお待ちいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

カサマは若干、商業復興支援施設である「東北ろっけんパーク」プロジェクトに関わってい(る)のですが、様々な思惑とドラマが生まれていたこのプロジェクト、はて10年後、この取り組みはどのように歴史の評価を下されるだろうか?と、設立当初から考えておりました。そんな中、我らがかほぴょん新報が上手いこと歴史を拾ってくれたので、その感想を書いています。

June 25
22日の河北新報夕刊のトップページに載った、一見冷静で客観的な記事ながら、慎重に読むと非常に驚くべき内容の記事。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1096/20130622_01.htm
<河北新報 一部転載>
新しいまちづくり応援/東北ろっけんパークスタッフ・斎藤由布子さん
仙台市中心部のアーケード街にある情報発信拠点「東北ろっけんパーク」は、被災地で作られている商品や復興支援グッズを多数扱っている。スタッフの斎藤由布子さん(44)=仙台市宮城野区=は商品発掘、仕入れ、販売を担当するチームのリーダーだ。岩手、宮城、福島各県の復興商店街などに直接赴き、販路やブランド化の相談にも乗る。販売や情報発信を通し、沿岸部の新しいまちづくりを応援したいという。(中略)
―延べ600点扱う―
 缶詰や乾燥ワカメなどの水産加工食品、塩害で伐採された木々で作った日用品、大漁旗を再利用した帽子やストラップ、アクリルたわし。昨年5月のオープン以来、「延べ107の個人や団体、企業が出品し、扱った商品は600点ほどになっています」と斎藤さん 。売り上げは全額、出品者に渡る仕組みだ。(後略)
昨年度一緒に仕事させていただき、その執念と言いますか、真摯な復興への取り組みに、とても尊敬しておりました。
記事の中で「のべ600点」の復興関連商品を扱うとか、さらっと書かれていますが、これは凄いことです。正直、最初「毎週末に復興市(「いいもんパーク」)を開きます」というスキームを聞いたとき耳を疑いました。曲がりなりにも催事を運営のお手伝いをしたことがある身としては、まず不可能と思っておりました。
しかし、彼らはそれを成し遂げ、今や被災地の商業復興にとって「頼れる存在」となった。

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彼らは自らの休日を返上してでも、決して交通の便がいいともいえない、広大な東北大陸の沿岸部の産品の発掘に努めていました。
この記事が載った日も、釜石方面などをローラーしていた模様。
WBS(注:Waseda Business School時代に「見える化」で有名なローランド・ベルガーの遠藤功先生の授業を受けていたとき、戦略・戦術部分が稚拙でも、良くも悪くも日本特有の「現場力」で何とかしてしまう話が出ていましたが、自分の目の前でそれが起こったことに感服したと同時に、普段戦術担当の自分としては、非常に身の引き締まる思いがしたものです。
彼らの真のご苦労とその活躍は、誰も公式には記録せず、震災復興の歴史の表に出ることは中々ないかと思われました。
しかし、新聞のトップ記事にきちんと記録された。
この河北新報の記事を書いた記者に、感謝です。
<追記&解説>
よくカサマは戦史マニアの友人とかと物事を例える際に、「ああ、こりゃあインパール作戦の宮崎繁三郎少将の気分だよ」「ありゃあ、ガダルカナル時の参謀本部みたいだ」「いよいよ本土決戦。つまりそれはオリンピック作戦ですな?」とか、いちいち太平洋戦史で例えるわけですが、今も昔も日本人に共通するのは異常な現場力。
一方、戦略・戦術レベルはなかなか現場の情報をくみ取るのが難しいのが常。
戦略・戦術担当者がついつい抜け落ちる最たる要素が「距離」。
移動時間、交通費、移動に伴う疲労・・・。
21世紀になっても、これだけ交通機関が発達した時代でも、「距離」の制約から我々は逃れられません。
まして東北大陸で復興の仕事をするとなれば。
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(我れらが「はやぶさ」を以てしても限界が・・・(写真はいずれ貴重になるE5系とE3系。ドッキングは男のロマンだ。))
被災地域の広大さというのは、当のとうほぐ人ですら感覚がない場合が多く(例えば我々宮城県民は岩手県を「ちょっと大きい」と漠然と認識しているが、実は2倍以上岩手県の方が大きい)、様々な復興関連計画は、その距離制約を無視したものになりがち。
まして中央のヒトに伝えるのは至難の業で、「岩手・宮城・福島・茨城の被災4県の面積(42,440km^2)と九州島全域の面積(42,190km^2)は同じぐらいの広大で、東京から岡山(直線距離約550km)に行くぐらいの距離が深刻に被災しましたよ」、と言っても、やはりピンとこないようで す。
被災地中から600品目も勝手に仙台に集まることはありえないわけで、誰かがこの広大な地域を足で必死に「発掘」し、成果を出したと推測できる、というか私は見ていたわけです。
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この記事を見て、日本の歴史上最悪の軍事作戦でもあるインパール作戦の、有名な感想を思い出し、一人事務所で落涙するのでした。
「この作戦が如何に無謀なものか、場所を内地に置き換えて見ると良く理解できる。インパ-ルを岐阜と仮定した場合、コヒマは金沢に該当する。第31師団は軽井沢付近から、浅間山(2542m)、長野、鹿島槍岳(長野の西40km2890m)、高山を経て金沢へ、第15師団は甲府付近から日本アルプスの一番高いところ(槍ケ岳3180m・駒ヶ岳2966m)を通って岐阜へ向かうことになる。第33師団は小田原付近から前進する距離に相当する。兵は30kg - 60kgの重装備で日本アルプスを越え、途中山頂で戦闘を交えながら岐阜に向かうものと思えば凡その想像は付く。後方の兵站基地はインドウ(イラワジ河上流)、ウントウ、イェウ(ウントウの南130km)は宇都宮に、作戦を指導する軍司令部の所在地メイミョウは仙台に相当する」(南方軍総司令部参謀 吉川正治 Wikipediaより転載)
普段戦術担当者のカサマが昔から、いちいち距離を別の場所を使って例えるのは、そんなダメなエリート先人たちの戦訓を活かそうという細かい努力なのです。

数十年後の子孫に恥ずかしくないよう、すなわち「当時のとうほぐ人たちは意外にも理詰めで科学的に、静かな闘志で、彼ららしく復興を成し遂げた」と評価されたいものです。

征西4000キロのフィールド調査の旅は、いよいよ最終目的地へ。

「ゆず」を使った人口千人の高知県馬路村は、いわゆる「村おこし」や「地域ブランディング」の議論で必ず出てくる事例です。しかし、様々な報告書や記事などを見ても、今一つ納得できるものがありませんでした。ならば、行ってみるまで!と、たまたま大分県佐賀関の調査ですぐ近くに来たので、ちょっと久々に高知に立ち寄ってみるか、と軽い気持ちで行って、驚愕の事実と驚愕の移動距離になったのでした。
May 31
ここが「世界で最も美しい村」連合の一角、高知県馬路村ですか。。。
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だが、人口千人を切り、凄まじい山間部の中にある典型的な山村に、不釣り合いな生産施設。。
運転技術に自信のない方は、村に入るだけで一苦労ですな。
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(主力施設「ゆずの森加工工場」)
しかしこれも、世間で一般的に言われているような「馬路村の奇跡」とはずいぶん違うぞ。。。
関サバしかり、馬路村しかり、書籍や世間で言われている事情とずいぶん違うことがわかり、改めてフィールドワークの重要さを痛感した次第。
<追記&解説>
四国(18,806km^2)なんてせいぜい岩手県(15,278km^2)よりちょっと大きい程度、と侮っていたら、一日の移動距離が軽く400kmを超えて予想外に時間がかかったこの馬路村進出。
っていうかむしろ、東北がデカすぎるのか?
それはともかく、馬路村はとうほぐ人もびっくりな(いい意味で)超絶田舎なのですが、各施設を見て、そのMBA的戦略性に二度びっくりでした。
これまでの馬路村研究で何となくしっくりこなかったのは、何というか分析者がロハスdeまちづくりな人々が書いたものが多く、経営学・経営管理学的視点が薄かったため、この馬路村の取り組みの真の先進性と恐ろしさが、個人的に伝わってこない感じだということに気づきました。
見学施設に入っていきなり最初に目につくのは通販オペレーター部署で、一言でいうならば馬路村の取り組みはバリューチェーンの右側から構築したところ。
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「地域ブランディング」や「地域産品開発」には、このバリューチェーンという概念は関わる人すべてが共有すべきと思っておりますが、販売や出荷、開発などが一体化した主力工場「ゆずの森加工工場」の雰囲気なども含め、このビジネスモデルはなんというかドモホルンリンクルの再春館製薬所(熊本県)を彷彿させます。
東北人に足りないのは、こうした戦略的な商いの仕組み作り。
案内してくれた女性(村の嘱託職員?)が、私の身分(?)を明かしたら、「市場」とか「ターゲット」とかの普通にマーケティング用語を使って説明してくれたのを聞いて、かつてターゲッティングとかバリューチェーンとか市民が理解できない用語は使わないでください、と言った某市の経済部門の行政マンの話を思い出し、人口千人を切る村のレベルとの落差に涙でメガネが曇りながら、東北ではありえない近未来的な直線長大トンネルの高知道を亜光速移動運転する、ある日のカサマなのでした。
風邪は西から吹く。
我らとうほぐ人は、西に答えを探しに行った方がええよ。(西日本弁が伝染)

九州四国方面フィールド調査旅行で、船で九州から四国に渡ったカサマ。

最終目的地は高知県馬路村でしたが、日程の都合で宿泊は仙台市とも伊達藩つながりで縁がある宇和島でとることにしました。

全国いくつもの「アーケード商店街」を見てきた笠間ですが、そこで衝撃の光景を目の当たりにするのでした。

May 30

伊達御膳を堪能後、夜の街散策。
20時でアーケードの灯りが消える(!)中、82歳の店主が駅前でお土産さん営業中!
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これ、画面の奥は真っ暗ですが、数百メートル実はアーケードが続いています。。。
なんでも、かなり空き店舗が多いのは確かだが、木曜はこの地域はそもそも商いをしない習慣があるらしく、さらに梅雨も影響しているとのこと。
そんな中、夜も営業しているご高齢の夫婦の意気に感じ、お土産購入。
宇和島名物「大番」。
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笠間はこの名産品の名前を深く記憶に刻み込んだ。
そしてこの夜だけで6000円を使ったことに一片の悔いなし!
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<追記&解説>
たいていのアーケード商店街の衰退には驚かなくなってしまっているカサマですが、宇和島のアーケード商店街は衝撃的でした。
たいてい、(特に西日本の)衰退した商店街というのは、建物も古くシャッターがさびて落書きだらけ。床も凸凹・・・、というパターンなのですが、宇和島の場合、シャッターや天井はもちろん、床もチリ一つなくてとにかく美しいまま
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昼の16時ぐらいに700mほど歩いて一人ともすれ違わないというのは、さすがに初めての経験。

商店街的ミュージックがスピーカーからむなしく流れる中、無人のアーケード商店街を一人歩きながら、なんかこう、中性子爆弾により人類だけが死滅して、建物やインフラだけが残ったSFの世界に紛れ込んだような非現実的な感覚に陥り、軽く眩暈がしたのでした。

一応「伊達繋がり」でもある宇和島。

宇和島藩主・伊達宗城公は確か幕末の四賢候だったはずですが、明治維新の帰結がこの街の様子かと思うと、賊軍出身のカサマは何やら複雑な気持ちになり、取りあえず「大番」食べて一人落涙するのでした。

May 30

【関サバ関アジの秘密】
漁協佐賀関支店にて支店長様のご案内による。酒井支店長様ありがとうございました。
今日は朝5時起きで佐賀関向かい、関アジの出荷の様子を見学。
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昨年稼働したという最新の出荷基地まで見せて頂きました。
温度は空調により20度に保たれ、水と氷はすべて濾過加熱処理された海水を使用。屋外の浮き桟橋もそれで毎日洗うという徹底さ。6月からはとうとう首都圏に12時間で発送する体制に(実は今まで首都圏に回っていた関サバ関アジは、厳密には「前日あげた魚」という。)。
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驚くべきは、漁船から港に魚を上げる際の「面替え(つらかえ)」というプロセス。漁船からまず最初に浮き桟橋に取り付けられた生簀に移す手間をかけますが、これは鮮度と価格維持を保つ、オペレーションとマーケティングと会計上の驚くべきは工夫がされておりました。
これは表面を真似ただけでは、他港が対抗できないわけです。
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仕分け場の中の有名な「関サバシール」の様子の写真や「面替え」の真の目的など、その驚くべき内容と、大分県全体を巻き込んだ観光戦略の一端とは?
続きはWEBで・・・!
というのは冗談で、Facebookで公開できるのはここまで。
6日に某クライアントさんにプレゼンしますが、機会がありましたら、是非ともご用命ください!
でも、飲み会で酒代をおごってくれれば、酔っ払って普通に口走ってしまうと思いますが。
<追記&解説>
続きのWEB・・・!!
この後、佐賀関港から船で対岸の四国佐田岬の三崎漁港に渡り、関サバ関アジの対抗商品として知られる「岬(はな)さば」についても観に行きましたが、そこで色々と衝撃の事実を知ることになりました。
詳細は私の講演などがあったらそこで楽しんでいただければ(ケチ)と思いますが、結論から言うと、よく言われる「対岸のサバは同じサバなのに半額」というのは確かに正しいのですが、実はその半額の値段ですら一般的なサバより50%以上高いの値段で取引されているという事実。
これが「地域ブランド」「地域産品」ビジネスの面白さ。
そして「対岸同士の戦い」などと見てはだめで、全国のブランドサバどころか、一位の中国や三位のインドネシアなどを巻き込んだ、実はグローバルな戦いの中の局地戦と見る必要があります。
佐賀関と他のブランドサバ・ブランドアジの違いは実はそこの認識を持っているかどうかにもありそうです。
そしてその数か月後の後日談。
九州四国から遠く離れたなぜか山形のあるお店で見たポスター。
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ええじゃないか。
サバなんてタダで貰えるものだと思っている東北民は、これを見てもっと商い、というか気合を学ばなければならない、などと、全国を股にかけた壮大なオチなぜか山形で感じざる得ざるものなり。

仙台エリアマーク事業協同組合のメンバーは、月一回程度のブログ更新が掟であり、にもかかわらず震災以降さぼり癖がついてしまったカサマ。ここ一年ほとんど音沙汰なしに見えるそんなカサマも、実は男と女の約束でFacebookには毎日投稿をしております。

しかもFacebookではありえない、意外に長文を。

ま、相手は酔った席だったので覚えていないと思いますが。

それはともかく、この中にも結構、まちづくりに関する内容もあります。そこで、究極の手抜きの一環として、過去のFacebook内の投稿記事の中から、まちづくりに関するものを抜粋することにしました。ただのコピペもさすがに気が引けますし、投稿そのままですと前後関係が分からず意味が通じないところがありますので、そのあたりは一部赤字で加筆してみたいと思います。また、本ブログの特徴である太字強調については、Facebookに機能がないため、後から追加してみました。

では記念すべき第一回目は、銀座でちょっとした刺身が4,000円オーバーもする、地域産品のプランディングでは超有名事例「関サバ関アジ」のナゾを探るべく、大分県の佐賀関(さがのせき)に取材に行った際の記事です。プライベートとシゴトと学術調査の非常にナゾな立場での九州・四国の1週間の旅の一部始終をご覧ください。

May 30, 2013
【酒場へ】
大分初上陸の夜の過ごし方を考えたところ、尊敬するマスター・オビワン・ケノービが、情報収集は酒場でやれと言っていたので、明日の取材(?)に向けて情報収集へ。
と思ったら、大分県庁裏の総二階建ての建物(60席程度)が平日の2100にも関わらず満席。これはますます入らなければということで、20分後にまた来ることに。
これは期待。
だいたい中規模な地方都市では、歓楽街の郷土料理名店が、来県者接待をする職員が多い県庁近くにあると、相場が決まっておる。
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<この投稿に対する主な反応>
O.M氏 フォースと共にあらんことを!(^^)/
May 30, 2013  34イイネ!
【酒場の情報収集】
いやはや、昨日立ち寄った大分県庁裏の郷土料理店は素晴らしかったです。
関サバ関アジなどの郷土料理フルコースが3000円代からあり、麦焼酎のラインナップも半端ないですな。
入る前の予想通り、自治体関係者と思しき人々多く、隣では何とかコンソーシアムの話をしているし、「産業振興で清算しといて」という声が聞こえたり。
「お待たせしたので」ということで、焼酎一杯が無料になり、パーフェクトな対応。
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飾ってあるお酒も半端なく、ニッカのピュアモルトとか、廃番になった未開封ものがあったり。
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最後の写真の謎の金属のプレートなんて、今の人たちこれがなんなのか分かるんでしょうかねぇ?
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酒場の情報収集は見事成功ということで。
そして、これまた一人で来たのを後悔。。。
大分にお立ち寄りの際は、郷土料理のお店「こつこつ菴」さま、オススメです。
(次回に続く)
<この投稿に対する主な反応>
Y.H氏 金属のプレートは栓抜きですよね。むかーしの客車には必ずついていました。
Takeru Kasama >Hさま と最初私も思ったのですが、金属製の灰皿を取り付けるための金具だそうで(今は普通の灰皿が提供される)。
<追記&解説>
佐賀関に入る前日に大分市内入り。たまたま立ち寄ったお店でしたが、後に大分地域では非常に有名なお店だったことが分かりました、。
「関サバ関アジ」は、地域団体商標制度ができる前に日本で初めて「地域名+素材」で商標が取れたことで有名で、むしろこれをきっかけに、今では500を超える地域団体商標が始まったともいえます。
「認定シールで産地保証」の原点。

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有名な「関サバ関アジシール」。冷蔵ケースの中身が見えないほど貼りまくり。何もここまでしなくても。

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関アジの刺身で1700円也。ちなみに銀座の某大分県系和食屋では、ほぼ同じ内容が4,000という。北仙台の養老乃瀧ならただのサバの刺身が480円です。

とにかく一見リア充ぶりをFacebookで投稿しまくっていますが、かつて自転車で仙台から九州までテント野宿で一人旅をした孤独なカサマも、さすがに三十を越えたらさびしがり屋になり、終始「一人で来たのを後悔」を連発しているのが実に印象的なこの前後数日の投稿群なのでした。

次回、佐賀関漁港にて実際に取材に入ります。